9/29 Sun 村祭りの後
第一音楽室。
ソロが放課後勝手に使用している場所。
裏でアロが根回ししてくれているようで今の所お咎めなしだ。
〜♪
準備室から持ってきた私物のヴァイオリン。
弓に松脂を塗ったあとチューニングを始める。
「……っ」
〜♪
深呼吸を入れて演奏を始める。
俺は目を閉じる。
全て受け入れるように。
音を肌で感じるように。
ソロの音は俺の心を強く掴む。
初めて聞いた時から、ずっと。
「ねえ」
「ピグラも弾いてよ」
「そうだな。少しまってろ」
俺も準備室へ向かう。
……あれ?こんなとこにギターケースなんてあったっけ?
他の人が持ち込んだんだろうか。
気にはなったが、ソロを待たせるわけにもいかない。
俺のヴァイオリンケースを手に取るとソロの元へ戻った。
〜♪
二人だけの演奏会。
観客は誰もいない。
奏者が2人、楽しければ良い。
「暗くなってきたな」
時間はあまり遅くないが、陽が傾き始める。
秋はどんどん夜が短くなってくるな。
「そろそろ帰る?」
「ああ。送ってくよ」
準備室へヴァイオリンケースを置きに戻る。
「さっきここにギターケースなかったか?」
「え?私は見てないわよ」
「誰か取りにきたのか」
全く気付かなかったな。
「幽霊だったりしてな」
「そうかもね」
「いらっしゃい、ピグラくん」
ソロを家に送ったあと、楽器店へ。
「どうも」
カウンターの椅子に座ったまま店長が話しかけてくる。
「祭りの帰りかい?」
「そんなところです」
俺は試し弾き用のヴァイオリンを手に取る。
「今日も演奏お願いしても良いかい?」
「店長が良いなら」
「あはは、こっちがお願いしてるんだよ」
店長は俺がここで演奏しても何も言わない。
むしろいろんな楽器を触らせてくれる。
俺用のマウスピース一式までプレゼントしてくれるほどに。
「ヴァイオリンでいいですか?」
「うん。今日はすぐ手に取ったね」
「さっきまで演奏してたので」
「へえ、演奏会に出てたのかい?」
「いや、ただの趣味で」
弓も弦も本体も全然馴染みがないヴァイオリン。
肩当てもいつものとは違う。
だが、今はそれでも良い。
さっきまでの余韻を残しながら俺は演奏する。
「あれ?取り込み中でしたか?」
一人の少女が来店してきた。
「いえ、何かお求めですか?」
店長が入り口まで移り接客をする。
「ホルンって置いてありますか?」
「ええ、こちらに」
弦楽器の場所とは反対の金管楽器が置かれた場所へ案内している。
俺は演奏を続ける。
店内BGMになる。これが俺の仕事だ。
「ホルンっていくつもあるんですね」
「シングル、ダブル、トリプルといろいろあります。また、それぞれでも……」
店長がホルンの説明を始める。少女は難しい顔をしながら話を聴いていた。
「うーん……おすすめはどれですか?」
「用途にもよるんですが、一般的にお勧めしやすいのはフルダブルホルンですね」
「フルダブルホルン?」
「はい、フルダブルホルンというのは……」
また店長の話が始まる。
少女は真面目に話を聴いていた。
「実際に聞ければな……」
少女が何か呟く。
俺の耳には演奏のせいで聞こえなかったが。
「なるほど、それでは……ピグラくん、少し良いですか?」
店長から急に声をかけられる。
「どうしたんですか?」
「演奏中申し訳ないです。少しだけホルンを演奏していただけませんか?」
店長には借りがいくつもある。お願いされると断ることができない。
「良いですけど……俺あんまり吹けませんよ?」
「十分です。お客様が音が聞きたいようなので是非と思いまして」
「はあ、わかりました」
店長から俺のマウスピースケースとホルンを手渡される。
このホルンは店長の私物で、しっかりと整備されていた。
「それじゃあ……」
一息ついて演奏を始める。
ホルンはかなり難しい楽器だ。
狙った音を出すだけでもかなり苦戦する。
しかし、金管楽器の中ではかなり練習した方だ。今では安定して音が出せるぐらいにはなっている。
「わぁ!」
二人から拍手が送られる。
「また腕を上げましたね」
「店長のおかげですよ」
この場所があるから俺はいろんな楽器に触れることができた。
もっとも、ほとんどの楽器は簡単な曲が演奏できるレベルだけど。
「あの!これと同じホルンをください!」
「かしこまりました」
店長は俺からホルンを受け取ると少女をカウンターへと案内する。
「あの!」
少女が振り返る。
「ありがとうございました!」
「こちらこそ。聴いてくれてありがとう」
少女は頭を下げたあと、店長の元へと向かって行った。
「帰るか」
最後に店長に会釈したあと店を後にした。
すっかり暗くなっていた。
公園に来ると、村祭りの空気は綺麗に片付けられている。
俺はそのまま、森の方へと向かった。
ポロロン
弦を弾く音。
静かな森に響く軽快な音。
一つ、ランタンの前に座る少女がいた。
「もうだいぶ暗いぞ、ゴラ」
「え?」
「あ、ピグラさん。どうもです」
ライアーハープの演奏をやめるとゴラは座ったまま俺の方を見てくる。
「夜が早くなってきましたね。演奏してたらあっという間です」
「気持ちはわかるけどな。なるべく早く家に帰れよ」
「ピグラさんこそ」
「こんなとこ夜中に誰も来ないだろ」
「そうですね」
俺の方を見ながら笑う。
「演奏、聴いてもいいか?」
「早く家に帰れって言ってたくせに」
ポロロン
ゴラが音を弾く。
「世間体ってやつだ。本心から言ってない」
「どっちがですか?」
「わかってるだろ」
俺は隣に寝転がる。
「どんな曲がいいですか?」
「ん、そうだな。さっきまでの曲は?」
「ピグラさんがくるまでは気分で弾いてました」
ゴラが適当なフレーズを演奏する。
「即興か。聴いてみたいな」
「ええ、いいですよ」
少し暖かく、優しい音楽。
俺を包んでくれるような、そんな感覚。
星明かりとランタンの光。
暗闇の中でも俺とゴラの周りだけは明るく、音も、空気も暖かい。
瞼がだんだんと下がってくる。
……
…………
ポーン
調律の狂ったピアノの音。
俺の手から流れる音。
その音が
少女の
背中を
「……っ!」
優しい音に目を覚ます。
「どうしたんですか!?」
「いや……少し、寝てた……」
「少しって、演奏し始めて全然経ってませんよ」
「そ、そうか……」
「ピグラさん……大丈夫ですか?汗、すごいですよ」
「大丈夫だ。ただ、悪夢を見てな」
俺は立ち上がる。
急に動いたからなのか、悪夢のせいなのか、少し目眩がした。
「本当に大丈夫ですか?」
「演奏ありがとう。勿体無いが今日はもう暗いし家に帰る」
「そうですか……気をつけてくださいね」
「ああ……」