そしてお持ち帰り
完結です!
そんなこんなで結局ふた月、俺は公爵邸に滞在した。
剣術を基礎からだとそれなりに教えることがあったし、ジャオの訓練はあらゆる事態を想定して本格的にやった。
めっちゃ働いた俺、偉い。
訓練を終えた夜は図書室で読書三昧。エリザベートもよくやってきてふたりで話していると、いつもラナが「お茶をお待ちしました」と渋い顔で割りこむ。
「お前休まなくていいの?」
「黒猫とお嬢様をふたりきりにするわけないでしょ!」
休日はザウトの案内で古戦場めぐりをし、軍師リューンの生家ではなんと公爵自ら蔵書庫のカギをあけてくれた。
「クロウくんほらっ、好きなのを手にとっていいからね!」
「お父様ずるいですっ!」
子どものようにウキウキと案内する公爵にエリザベートがむくれ、俺はラナやザウトとそろってタメ息をついた。
ときおり衛士長へ報告を送れば、返信には城の中庭に仮の詰め所が建ち、古い建物は取り壊され、来年の春には新しい詰め所が完成すると記されていた。
帰ってこいとも帰ってくるなとも言われない文面にもう一度目を通し、俺は東の空をみあげる。
(そろそろ潮時かもな)
これ以上いたら情が移る。軍師リューンが知恵を絞って守り抜いた大地、そこで暮らす人々。どれも気にいってるがここは俺の故郷じゃない。
城にもどったら衛士隊に辞表をだして旅立とう。何年かかるか分からないが故郷へ帰る、もうそれしか考えられなかった。
公爵邸を去る日、ささやかなお別れ会が開かれた。うまい酒にうまい料理、公爵がピアノを弾いてエリザベートの歌まで聞いた。
酔いざましに庭を歩けば、淡い月明かりの下で咲く花の甘い香りがする。
いい気分になったところに、エリザベートが現れた。
きょうの彼女はいつもおろしている髪を編んでまとめ、月の光を浴びて立つ女神のようだ。
「クロくん、剣術指南も私の話し相手になってくれたこともありがとう。楽しかった」
「ああ、楽しかったな」
そんな顔すんな。切なくなるからよ。
俺は自分の鼻とエリザベートの鼻をコツンとぶつけた。
(あ、やべ……)
やってから、しまったと思う。
エリザベートは目を丸くして俺をみている。俺はとっさにごまかした。
「その、元気でな」
「は、はい。クロくんも元気で……」
彼女の声はだんだんと小さくなって言葉が続かない。うつむく彼女にかける言葉もなくて、俺はその場を離れた。
……それきりになるはずだった。
いったん城に戻り辞表を提出した俺は、衛士長や同僚たちと別れを惜しみ、つまりさんざん飲まされグロッキーな状態で旅立ちを迎えた。
「くそ、あいつら」
毒づいて宿舎のドアをあけた俺は固まった。公爵邸で月下の庭に立っていた女神がそこにいる。
「え、は?なんで?」
エリザベートは旅をする格好をしていた。
「私もごいっしょします。獣人のことを調べました。鼻と鼻をコツンとぶつけるのは、人間にとってのキ、キスと同じ愛情表現だって。だったらあのときクロくんはっ!」
猫型獣人の俺には牙もあるし、舌はザラリとしている。だから恋人同士唇をくっつけあったり、舌を絡ませるなんて習慣はない。
そのかわりにやるのが鼻コツンなんだけど、あちゃ〜本人にバレちゃったか。
「まったく……油断もスキもないわね、この黒猫は」
これまた旅支度のラナがブツブツという。
「何、お前もくんの?」
「当たり前です、私はお嬢様の幸せをちゃんと最後まで見届けますからね!」
「ラナお前……」
今なら分かる。エリザベートが王子の愛情が自分に向かなくともひねたりしなかったのは、自分の幸せをこうして願ってくれるヤツらがまわりにいるからだ。
俺はラナに最大限の親しみをこめて言った。
「婚期のがすぞ」
「おだまり、この黒猫がぁ!」
「きゃー、ラナ落ち着いて!」
あぁ、いいなこの感じ。どんな空の下でもこいつらと笑って歩けそうだ。
「ザウト酒の用意を。グラスはふたつだ。手塩にかけて育てた娘が旅立って寂しいのは、きみもだろう」
「私は男親ではありません。それにラナは私と同じ目をしている。私のそばに居るべきではない」
「同じ目か、だからこそ気にかけていたように見えたがね」
酒に誘われたなら、ここからはプライベートな時間だ。ザウトは首元をゆるめた。
公爵と従者ではなく、ただの飲み仲間となったふたりの男は盃を交わした。
「心配いらないよ。あの子には私の娘エリザベートもついてる、それにクロウくんもね。いつか私が引退したらアカツキへの旅につきあってくれるかい?」
「まだ働かせるつもりですか」
そういいながらもザウトは口元をゆるめた。
「楽しみが増えたと思えばいい、再会の楽しみがね」
初めてのことにチャレンジしたくなり、『獣人、春の恋祭り』という企画に参加させていただきました。
初の獣人!もうちょっとイチャイチャさせたかった……。
クロウは私の代表作である『魔術師の杖』に出てくる男性キャラとはまたタイプがちがいます。
いつかちゃんと連載したいですね。お読みいただきありがとうございました!