公爵に拉致られる俺
【登場人物】
クロウ・アカツキ 黒ヒョウを守護獣に持つ猫型獣人
ロシュ公爵
ザウト 公爵の従者
衛士長 クロウの上司
「ひとつ断っておきますが、俺は黒ヒョウを守護獣に持つ猫型獣人であって、『黒猫のクロちゃん』ではありません」
ちゃんと丁寧語が使える俺、偉い。
獣人はそれぞれ守護獣を持つ。俺はしなやかな肢体を持つ黒ヒョウを守護獣にしており、その特徴を持っている。
兄貴たちみたいに虎とかライオンだったら、もっとガッチリめな体格だったろうけどな。ロシュ公爵は重々しくうなずいた。
「うむすまん。あまりにも……いや、そっけないその態度もなおさらっ……ぐはあぁっ!」
紺色のスーツに白いシャツ、首にはブルーグレイのタイを締め、胸元には同色のポケットチーフ。
どうみてもクールなナイスミドルガイで威厳と風格たっぷりの公爵が、俺を見て身悶えしてやがる。
ここまでくるといっそのこと、俺にそっくりだったという黒猫のクロちゃんが気になる。
「閣下、彼は休暇中です。早く本題に入りませんと」
みかねた従者らしき男が口をはさんだ。浅黒い肌に赤い瞳を持つ侍従は黒髪を頭のうしろで束ね、プラチナブロンドに青い目の公爵とはみごとな対比になっていた。
色も体つきも灼熱の大地カーゴに住まう民の特徴だが、ゆったりとしたカーゴの服ではなくきちっと体にフィットした黒いスーツを着ている。
スーツの上からでも鍛えられていると分かる体、その動きは洗練されていて隙がない。エリザベートが連れていた侍女と同じような、油断ならない目つきだ。
「ああザウト、そうだった。まずはクロウ・アカツキ、きみに礼を言わせてもらいたい」
親子そろって俺に礼を言いたいのね。俺、たいしたことしてねぇのにな。
俺はキリッと顔を作った。
「いえ、当然のことをしたまでです」
「娘のエリザベートも今朝からきみに礼を言いにいくといって聞かなくてな。私より先に家をでて図書館に向かったそうだが会えたかね」
娘さんを止めてくれてもよかったんですよ、公爵。
「はい、お怪我がなくて何よりでした」
「きみの働きがなければ娘は死ぬところだった。ぜひ私からも礼をさせてくれ」
きたきたきた。模範解答いくぜ!
「お嬢様からもお礼の言葉をいただいたうえ、閣下からも過分なお言葉をちょうだいし恐縮です。礼ならば衛士たち全員に。俺はたまたま居合わせただけですから」
かまずに言えた俺、偉い。それを聞いたロシュ公爵はいい笑顔になった。
「衛士長の言った通りだね、きみならばそう言うだろうと。もちろんそうさせてもらったよ」
「は?」
気になって衛士長をみれば、渋い顔で重々しくうなずく。
「ロシュ公爵はこの衛士詰め所の建て直しを申し出てくださった」
……金持ちってやつぁ!
たしかにこの詰め所は築四百年ぐらいたってる、ロックガルドの歴史ある建造物のひとつだ。
設備も四百年前からいっさい変わってないため、ロシュ公爵の申し出は非常にありがたい。
「昨夜の騒ぎでは我々も後手にまわったからね、このぐらいせんと気が済まんのだよ」
ん?
「まさか騒ぎが起こることを知っていたとか?」
「我々は知らされてなかったがな」
俺が疑問を口にすれば、衛士長も苦虫をかみ潰したような顔でうなり、事件のあらましを教えてくれた。
そもそも昨夜断罪される予定だったのはロシュ公爵自身で、エリザベートは巻き添えを食う形で婚約破棄され、殺害される計画だった。
それも絶望した彼女が回廊から身を投げるという筋書きで、遺書まで用意してあったという。
事件の黒幕は公爵領と領地を接するガロン伯爵で、公爵が有する鉱山の利権がほしかったようだ。
「なんつー無茶苦茶な計画……」
それが成功していたら俺たち衛士は残業確定どころか、徹夜で連日泊まりこみだ。
俺は読書の神に感謝した。
そして真相は明らかにされずヤブのなかという、スッキリしない終わり方をしたに違いない。公爵はこともなげに言う。
「相手を酒宴の席に呼びだして屠るなぞ、古今東西よくあることだ。自分のために開かれた祝宴でそれを許可した、ラウル王子にも問題はあるがね。よほどミアという娘と結ばれたかったのだろう」
それを察知した公爵は、治水工事の遅れという名目で舞踏会を欠席、ひそかに軍を展開させた。
相手に計画の漏れを察知されないよう、エリザベートは予定通り舞踏会に参加して婚約破棄されたらしい。
「娘は非常に緊張していたようでね、後からザウトに聞いたがいつにも増して無表情だったと」
この従者は会場にいたのか……ザウトは赤い瞳を俺にむけた。
「我々も警戒していたが、実行犯たちが何かしら行動を起こさねば動けなかった。エリザベート様は進んで囮になられたが、きみが会場にいなければ、お命は危うかった。私からも礼を言わせてもらいたい」
いやいやいや。そんな迫力ある目つきで言われても。礼を言われるだけで何で俺、ビビらにゃならんの。
「じゃあ王太子殿下は……」
「もう王太子ではない。ミア・カーミスは身分を偽っていた。男爵令嬢ですらない市井の娘を選んだのだ。王弟殿下のご子息、リオル殿下が近日中に立太子される」
あ、リオル殿下なら俺も知ってる。近衛騎士団に所属していて、しっかりした実直な人物だ。
そしてラウル殿下は切り捨てられたのか。
「娘には怖い思いをさせてしまったからね。ぜひきみを護衛として引き抜きたい。衛士長からは『きみが承知するなら』と許可は取ってある。どうかね、給料は衛士の三倍だそう」
「お断りします」
俺は即答した。公爵はあごに手をあてて、青い目をしばたいた。
「ふむ。この待遇では不満かね」
「いえ、俺はこの仕事が気にいっているので」
衛士長は話の分かるおっさんだし、同僚たちも真面目ないいヤツばかりだ。
それになんたって王城図書館の蔵書は捨てがたい。ベマ戦記はまだ半分しか読んでない。
ロックガルド王国は人間の国だ。そこで働く獣人は身体能力を買われて雇われている。
衛士や護衛、運送業なんかでも同類はよく見かけるし、獣人にとっては暮らしやすい国といえる。
けれど俺はここで骨を埋めるつもりはない。
いつかは大陸の東の端にある俺の国、〝アカツキ〟に帰るつもりだ。
公爵はちらりと衛士長をみたが、俺が断固として首を縦にふらないのが分かってるおっさんは、口を引き結んだまま言葉を発しない。
「ちょっと失礼」
ザウトが動き衛士長室の窓をあけると、飛びこんできた白い鳥が折り紙に姿を変えた。
それを開いてざっと目を通し、彼は公爵に渡す。
「ラナからの報告です」
「ほう」
ラナって言ったらさっきのあの侍女か?
文面に目を通した公爵は、口元に満足そうな笑みを浮かべた。
「衛士長、きみが言う通り彼の引き抜きは失敗したよ」
公爵が眉をさげて話しかければ、衛士長は渋い顔のまま重々しく答える。
「そうなるだろうと言いました」
「ついては第二案だ。衛士隊にロシュへ〝剣術指南役〟の派遣を要請する。期間はひと月、長期になるため妻帯していない身軽な者が望ましい」
待って公爵、俺をガン見するのやめて。
衛士長は眉間にグッとシワを寄せ、口をへの字に曲げて答えた。
「該当する者は何人かおります」
俺を行かせるとは言わない衛士長、さすが!
だが公爵は俺を視線でロックオンしたまま、ゆったりと椅子に座り直した。
「そうだね、でもまずは彼の返事を聞いてみないとね。アカツキくん、きみは図書館でベマ戦記を読みふけっていたとか」
あんの侍女ぉお、余計なこと書いてんじゃねぇえ!
「それが何か」
ロシュ公爵はにっこりと俺に笑いかける。
「ちょうど我々が手がけている治水工事がベマ湿原の辺りでね、興味があるならザウトに古戦場の跡を案内させよう。それにベマ戦記なら公爵邸本館にある図書室の方が、王城図書館よりも資料が豊富だよ」
な、なんだとおおぉ⁉
ベマ戦記ファンなら間違いなく食いつくネタに、公爵はトドメの一撃を放った。
「ついでに言えば軍師リューンの生家にある蔵書庫のカギも、我々が管理している。きみが望むならいつでも見られるよう手配しよう」
軍師リューンだとおおぉ⁉
俺は素直に陥落し、公爵に拉致……いや、ロシュに派遣されることになった。
ザウト「閣下、そこまでする必要があったのですか?」
公爵「エリザベートの笑顔など実に何年ぶりだろうか。それにクロちゃ……いやクロウくんのことをもっとよく知りたいと思わないかね」
ザウト「……」