また四天王来たんだが
この血で血を洗う混乱の世、家族はひと時の、そして泡沫の団欒を貪っていた。
大抵そんな時だ、足を掬われるのは。
大抵がそんな油断をつくのだ。
故に魔と呼ばれ、故に人々は彼らを恐れる。
始まったばかりで悲劇が訪れないというのは都合の良い妄想に過ぎない。この世には語られることのないままに生まれ、誰の記憶にも刻まれないままに消えていく。そんな悲劇が数えきれないほどあるのだから。
「ここが……異世界のジャ○コ」
入り口に近づいただけで薄く加工された水晶の扉が一人でに開いて俺たち、異なる世界からの漂流者を誘う。
これは決して電気的なもので作動するのではなく、異世界独自の非常にこう、どこか魔力的な力で動作するのだと信じたい。
「いらっしゃいませー」
一歩中へと足を踏み入れただけで冷気が漂う。
愛想のいい商人の声と共に、恐らく商品の鮮度を保つためのひんやりとした空気が俺たちを包み込んだ。
これは決して電気的なもので作動するのではなく、異世界独自の非常にこう、どこか魔力的な力で動作するのだと信じたい。
下手をすれば『安定者ギルド』に連行されていてもおかしくはなかったが、性格の捻じ切れた王女の粋な計らいで、ひとまずはコロッケのクラフトの為にとこうして異世界の商店へと足を踏み入れたと言うわけだ。
俺はざっと店内を油断なくうかがった。
肉、野菜、乾麺、調味料……袋菓子に、生活消耗品である歯ブラシや洗髪剤。
この世の全てがここに揃っている。
異世界に来たら石鹸でも作れば一儲けできると踏んでいた俺の事を嘲笑うかの様に、黙々と店員と思しき獣人がレジを打っている。
「特売のじゃがいも……それにパン粉も必要よねぇ」
「母さん! ここは異世界なんだぞ、不用意な行動は」
制止する俺の声にも聞く耳を持たず、母さんは腕にかけた買い物籠へと流麗な動作で次々にコロッケの材料を放り込んでいく。
「シンサク。心配するな。母さんが、何年母さんをやっていると思っているんだ?」
「いや、そうだけど。ここは異世界なんだぞ、いくらジ○スコって言ったって、どこに危険が潜んでいるか」
俺の心配など取るに足らぬと言わんばかりに親父は髭剃りの品定めに取り掛かった。クリームも。
「あ、へへへっ! 母さん。これ買ってよ。たべっこモンスター」
「ふふふ。昔からノゾミはこれ系の優しい味わいでさくりと軽やかな食感、お求め易い価格で幼児でも安心して召し上がることの可能な半世紀近くも売り場から消えることのないお菓子が好きね」
「なんだかこうやって家族で買い物に来るなんて、子供に戻ったみたいで嬉しいな」
「うふふ! あなた達はいつまで経ってもお母さんの子供よ」
母さん、そいつの彼ピは俺より年上だぞ。
なんて、そんな事言える雰囲気じゃない。
どこか妹と母の間に割り込むことができずにいた俺は、独自にこのだだっ広いダンジョンを探索せざるを得なかった。
目的は二つだ。
一つは最強の剣、エクスカリバー(おひとり様一本限り)を手に入れること。
予算はかなり不足していたが、異世界の商店で売り子と軽快な会話と緻密なネゴシエイトの応酬の末、入手できればいいと考えていた。
もう一つはよくある、この世界の相場感を頭に叩き込むことだ。
商品をよく見て、季節や天候なども考慮しその時々の最適な値段を探る。
異世界に促成栽培はないのだと信じたい。
よく清掃されたフロアの一角。
肉と野菜売り場の傍。
ひどく目立つポップに彩られた銀色のワゴンの上。
「あった。見つけたぞ……最強の剣。伝説の宝剣」
堆く積まれた特売ワゴンに、早く魔王の血を吸わせろと言わんばかりにそれは横たわっていた。
ごくりと固唾を飲む俺の手は微かに震えながらそれを掴み、ヒヤリとした持ち手の触感と商品説明の欄、そして徐に売上と在庫管理のためのバーコードを睨みつけた。
このルーンを、何か高度な知覚魔法によって読み取るのだろう。
他のものには目もくれず、俺はレジスターの元へと逸る気持ちを抑えつつ向かった。
セルフレジは便利だが、そこに商人の息遣いは存在しない。
ただ何かと金を事務的に交換するだけ。
異世界にセルフレジは普及していないのか、有人のレジに作った長蛇の列、その中程に体を滑り込ませた。
じっとりと手に汗をかく。
この異世界召喚は異質であると、俺の背中を伝う汗が告げている。うなじが粟立つ。
不用意な行動は慎めと、それは奇しくも俺にとって最も必要な配慮だった事を、獣の咆哮によって知ることになった。
「ワオーン」
「次のお客様、どうぞー」
売り子の獣人はにこりと怪しく微笑み、暗に商品をここに置けと告げた。
それがどうだ、こうして売り子を前にすると俺の足は一歩も進んではくれない。
お金がないのにレジに進むのがそんなに怖いことかと膝を叩き、己の闘争心へと火をつける。
「いらっしゃいませこんにちわー」
商人の腰は低い。
“ところで兄いちゃん、金は持ってんのかい”
などと、懐具合を見定める様な言葉はかけられなかった。罠か? それとも、俺が聖剣に足る人物かどうかなど、目を見なくともわかるのか?
「エクスカリバーが一点……嘘……まさか――しょ、少々お待ちくださいませッ」
「え、ちょっと、後ろめっちゃ並んでるんですけど」
だが、ケモ耳獣人は作業的に朱色に発光する魔道具で幾何学的ルーンを読み取って映像投影魔道具に、いや、もういい。
スキャナでバーコードを読み取り、ディスプレイに映し出された文字を目にすると急いでバックヤードに慌てて駆け込んでいった。
そしてケモ耳は再びレジへ戻ってくることはなかった。
「クックック……こうしてエクスカリバーのレプリカを量産して釣り針にかけておけばいつかかかると思っておったぞ! 我が名は気高き魔王軍が四つの柱が一つ、パッパジョー・ハッツ! 魔王様に牙を剥く勇者めがっ! ここで打ち取ってくれるわァ」
代わりに現れたのがまさか魔王直属の四天王の一人とは、想像だにできなかったのだ。
だってここジャ○コじゃん?
全てが魔術によって機能する現世とは全く違った装いの店内……見たことのない怪しくも魅力的な商品に家族は魂を喰われ、最も力を持たないこけし使いだけが真相と邂逅する事態。
その時、母の愛だけがシンサクの魂の叫びを聞いた。
次回、「神域と混沌の魔法 賢者覚醒」
この異世界に慈悲はなく、ただ力のみが道を開く。
※かなり注釈を入れていますが、そこそここの物語は完結しないと思いますが、ここまで読んだ方、かなりの胆力ですね?