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職安だが

――彼らは知らぬ。

 一度知ればその世界の残酷さに膝を折るだろう。食い物さえ易々と手には入らぬ。少しばかりの金員を支払えば食物が購入できる。そんな世界の事など早々に忘れてしまえ。

 そうなる前に一体幾つの飢饉を乗り越え、一体幾つの腹を減らした屍の上に今たっているというのか。

 過酷。

 ゆっくりと寝ていられるのも束の間だ。

 彼らの元居た世界と、今いる世界。もっとも彼らの心を折るに足る要因とは、『魔物の存在』、『未熟な産業』、そして――『魔王の存在』。

「――ダメに決まっているだろう」


 いまではフレームだけになった眼鏡に食品を包むラップをかけて誤魔化している勇者は優しくも厳しく、俺に語りかけて来た。ダメと言うのは先ほどの会話。


「だめっていったって! なぁ親父、いい加減理解してくれよ! 俺達がいるここはもう安心安全な日本じゃないんだよッ! 俺達はあの金髪美少女共のせいで、なんだかよくわからない異世界に呼び出されちまったんだ。こっちのやり方で生きていくしかないんだよ!」


 確かに親父は『異世界転移』なんてものにはなじみがないだろう。受け止めきれないことは分かる。

 だけどやっていかないといけないんだ。ここのやり方で生きていくしかない。


 とはいえ俺だって実際に体験するのは今回が初めてだが。

 『脱・異世界童貞!』。後で田中に自慢しよう――あ、もう二度と会う事もないか。


「父さんだって、全部が全部、否定したいなんて話じゃない。だがなぁ、シンサク。“冒険者ギルドに就職する”だと……ふざけるんじゃないッッ!」


 ちゃぶ台を思いきり叩き、熱々の茶が飛沫をあげて親父の手にかかる。

 少し『フゥあーッ』という顔になりかけたが、今は俺の進路の話――真面目な話の途中だ。

 白けさせるわけにはいかないという、親父の感情を表情が物語っている。

 やせ我慢だろう。手は思いきり赤くなっていた。


「だけど、親父! 異世界に来たなら冒険者ギルドに登録するのが最善最短なんだ! 分かってくれよ! 何がどうなってそうなのかわかんないけどにっちもさっちもいかなくてどうあがいてもそうするしかなさそうな、そんな雰囲気がビンビンするんだよ! ギンギンなんだよ!」


 はっきりと理論的に自分の意志を伝えると、親父は腕を組んでお茶の水面に映る昨年の盆踊りの写真が前面に打ち出されたカレンダーに視線を落とした。

 驚くことに、意外にも助け船を出してくれたのは、糞っタレ美少女王女姫だったのだ。

 お前、これ(おやじ)が勇者だって認めたくなくって少しパニックになってたよな? 墓までもっていくぞ。秘密にするって意味じゃなく、死んでからも恨んでやるって意味だ。


「……勇者様」

「ジューシーちゃん――」

「――ジェシーです。察するに、このシロアリよろしく木材を削って愉悦に浸る何の役にも立たず、税も納めていないようなそこらのどぶ川のほとりに落ちているザリガニのハサミの殻にも一寸の魂。冒険者ギルドという、そうそう思い付きそうで思い付かないシステムに勘づくというのは、何か日当たりの悪い部屋で気味悪くへらへらしながら湿った絨毯の上で本の内容も読まずにその冊子の数だけ数えて悦に浸っているような――光明を感じますのですですわ」

「何も褒めてないからな、お前」

「これは失礼――死んでくださいまし……じゃなくって、冒険者ギルドに登録するのも、全く悪い手段とも思えないのですわ」


 驚いた。

 まさかこっちの肩を持ってくれるとは。

 いや、死を願っていたか? さっき。まぁいい。死を願われる前に、このままでは餓死だ。

 異世界に生活保護はあるか?


「――だが、断る」

「親父ッ!」

「いい加減にしろ! さっきから聞いていれば『冒険者』『冒険者』と! 定職に冒険などあってたまるか! その、ジュディちゃん」

「ジェシーですわ」


 次に続いた親父の言葉を聞いて、俺は成す術もなく、ささくれた畳に突っ伏す事になった。


「――『安定者ギルド』はないかな?」


 それは、言い換えてみれば『職業安定所』だ。『ハローワーク』だ。

 前世で言えば、俺みたいなプー太郎ちゃんの立場からしてみると【バルス】に等しい滅びの呪文だ。

 そこに行けば、この世界には夢も希望もなく、格差の違いを身をもって体現させられる場所。何が悲しくて異世界に召喚されてまで通常の職を探さなければならない? いや、あっただろう。農家になっただの、飲食店を作ってみただの、探せばいるんだろう。しかし、職安にいく転移者がいただろうか。いや、探せばあるのかもしれないが、広がるか? 物語が。こけし工場があるか? この非常にヨーロッパ感がむんむんと匂う異世界に、そんなニッチな工場が。


「安定者……ギルド……」


 思い当たる節でもあるのか、糞ったれ美少女こと、ファ〇キン姫は整った顎に手を添えて思案にふけった。

 泳いだ目が俺に焦点をあてた時の汚物を見るような表情は墓まで持って行く。地面に埋められたって恨みは消える事がないぞ、呪い殺してやる。という意味だ。


「ですが……今はコロッケ――げふんげふん! コロ――コロッケを作るのが先決です」


 だめだ。この見てくれ全振りの人格破綻者は私腹を肥やす事に全神経を集中している。何度か言いなおそうとしたが結局だめで、結局私利私欲を振り払う事が出来ないでいる。コロッケの呼吸に全集中だ。


「賛成! まずは腹ごしらえをしなきゃ。お腹ぺこぺこの状態でまた、前回みたいな四天王クラスの奴が来たら一網打尽だよ」

「あら、ノゾミ。一網打尽なんて、ずいぶん難しい言葉を覚えたのね」

「えへへ、彼ピが文系でさ――普段からこういう難しい四字熟語を使いこなすんだよね」


 糞しょうもない。

 糞しょうもない。

 一網打尽なんて下手したら小学校低学年で使いこなすぞ、今時じゃ。四字熟語と言う四字熟語でさえ程低学年で覚える。俺の中二で覚えたややこしい言葉の沼に溺れさせてやろうか。糞妹が。


「そうか。だが、ノゾミの言う事にも一理あるな。腹が減っていて面接の最中に腹の虫がなったら減点になるかもしれん」


 ハァ? 異世界に来ても俺は履歴書をクラフトしなけりゃならないのか? 圧迫面接のデバフの中で戦わなきゃならないのか? 親父、よく考えてくれよ、お前の娘は結構オツムがアレなんだぞ?


「そう言えば、朝刊のチラシにジャ〇コのもあったわねぇ」


 賢者・母が手に取った新聞のテレビ欄の所にカラフルな広告がいくつか差し込まれている。

 番組欄は相撲の所以外は、なんだか理解が難しい象形文字の様な得体の知れない記号に差し替えられているが、要らねえから。そういうの。無駄な謎をくれてやるな。

 そもそもどこから届けられたんだ、その朝刊。


「ジャガイモ……キロ198ゴールド……パン粉……128ゴールド……エクスカリバー……19800ゴールド……あらまあ。高級食材ねえ。お一人様一品限りですって」


 その言葉にピンと来たのは僕だけじゃなく、妹もだったらしい。

 すぐに行かなければ――。

 下手をすれば四人家族の折野家ならば最強の剣、エクスカリバーが4本手に入る可能性がある。

 冷や汗を流しながら、親父の五百円玉貯金箱を衝動のままにこけしを振り下ろして叩き割ると12枚ほどの五百円玉硬貨が舞い踊った。


 「足りない」


 しかし、立ち止まる術はない。

 往くのだ、ジャ〇コへ――。

 魔王の息は既に市井にまでかかっている。

 予測できたとしても、できなかったとしても――時すでに遅し。

 伝説の武器が、素晴らしい結果をもたらすとは限らぬ。

 そこに至る過程が、罠ではないとどうして言い切れる。

 作者がこの時点で何を書いているかさっぱり分からぬと、どうして理解できない。

 

 次回、『四天王パッパジョー・ハッツ 聖剣に散る』


 ※この物語はかなり飲酒した状態で執筆しています 次回のお話が執筆される確率はかなり低いと予想されます


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