なぜかあるんだが
転生した一家は、以前に暮らしていた世界とは何もかもが違う世界に戸惑い、疲弊していく。共通点など何一つない異世界で変わっていないものは家族の絆だけだった。
そんな折、王女から『隣村が魔物の襲来に脅える日々を過ごしている』という噂を聞きつけた一家は最後の晩餐に、母の最も得意とする手料理を堪能するのだった――。
「まぁ、こけし使い様。今日もこけし作りに精が出ますわね。死んでいただいてもよろしくってよ」
「はぁ? 俺だってちょっとそれっぽく“仏像”とか作ってパワーアップしてぇわ! それに高貴な感じで他人の死を望むなよ、糞美少女が」
唾を吐くように唾を吐き捨てるのは、豪奢な城の中に在る8畳の居間と申し訳程度の廊下だ。スリッパは8足ある。何となく湿った時にローテーションするためだ。
網戸は仏壇の近くにあったアーノルドアルファという接着剤で勇者が補修した。
“国王の粋な計らい”によって、古い家を解体する際に発生する妙な匂いのしみ込んだ木材で一心不乱にこけしをつくる俺を妹はあざ笑い、母は不憫な顔を浮かべ、父は涅槃の恰好で相撲を観戦していた。
「なんで地上波が届いてんだ、この異世界はよ!」
「千秋楽だぞ?」
「――知らねぇよッ!」
あれ以降、四天王に目立った動きは無かった。目立ったことと言えばこの悪意の塊みたいな王女、ジェシーによる俺への迫害と、勇者である親父への“媚び”だけ――。
「さぁ、勇者様! 今日こそ隣村で被害が多発しているゴブリンの討伐へ行きましょうですわ! ぁ、簡単です! 四天王を退けたあの、“ブライトリィ・ブレイブ・プッシュアウト”で一撃です! ですわぁ」
「あんなの、只の寄り切りだろ」
「シャラーーーップ! 凡人のガキが! 私は今勇者様と高貴な魂の対話をしているのですわ! お前なんぞそこで一生カミキリムシの幼虫よろしく木でも削ってろですわ!」
「あぁ、あの寄り切りか。無我夢中だったけど、上手くいってよかったよ」
「ブライトリィ・ブレイブ・プッシュアウト……なんという力強い響きでしょうですわ」
「おい。勝手なルビ振ってんじゃねえよ美少女」
生まれながらに格差はある。それは転移前の世界でも薄っすら知っていたが、非現実的な――それこそ、なんとなく妄想の中で思い描いた異世界でも思い知らされると……なんだかこう、反吐が出る。
「お父さん、シンサク。少し早いけど夕食にしましょう。さ、ノゾミも。起きなさい」
あたかも魔界のように険悪な雰囲気になった茶の間に、母がお盆を抱えてやって来た。
「――こ、これは……『賢者のコロッケ』……」
この美少女の皮を被った糞っタレバカ女は母さんのコロッケに心酔していた。
勇者にモンスター退治を依頼したいらしく毎日のように押しかけてきていたが、妹がコロッケを一口上げたところ、その味の虜になった。
「「いっただっきまーす」」
各々が箸を進める。
この国には箸の文化は無かったが、厚かましい美少女はいつの間にかそれの扱いを体得していた。
ある夜、腹部に強烈な違和感を感じてトイレに向かう途中、何らかの儀の間の水晶にそっと手を触れて恍惚としているジェシーを見かけた。
【第一王女】
余りにも高貴なため語尾に“ですわ”が付く強烈なパッシブスキルが特徴。
地位・名声・権力値が高め。知能は一般的な水準を下回っている。
※心の品格はショップで購入できない。
ジェシー・ジェケイ・パファカッツ
スキル:箸の扱いを体得した。
刺す・切る・混ぜる・挟み込むなど様々な用途に使用できる二本の棒きれの扱い。食事中にパッシブ発動。
そんな文字が宙に浮かぶ間を半開きの扉から眺め、“こんな国滅んでしまえ”と思ったのはそう遠い話ではない。昨夜だ。
賢者のコロッケ? ハァ?
貴重なスキル枠を箸使うのに使ってんじゃねえ。
どぶに落ちている十円玉を見るような目で王女を見ていると、ついに勇者が口を開く。
しかしそれはシンサクの痛い所に正面から突き刺さった。
「シンサク。いい加減、定職につけ」
「えぇ!?」
「えぇ、じゃない。毎日毎日、そうやって木材を彫るのもいい加減にしろ! 聞いたか? お隣の久保田さんちの息子さん、公務員になったそうじゃないか」
「お隣さんはもうここにはねえよ! それにこの世界感でよく公務員なんて口にできるな! 公務って何だよ! そもそも茶の間にいるティアラを頭にのっけて普通にコロッケ食ってる王女様に違和感を感じないのかよ! これが最強の公務員の正体だよ」
いや、正確にはこいつらに仕えている人間が公務員になるのか? 執事や兵士なんかも。
こいつらに仕えるなんて、なんかこう……反吐がでる。
「話を逸らすんじゃない。良いか、シンサク。お前のためを思って言ってるんだ。世界が変わってしまったのだってお父さんにだってわかる。だがな、一生働かずに飯は食えないんだ。父さんだって」
「――親父だってもう職場には行けないじゃないかよ」
はっとした顔で親父は箸を取り落とした。お盆休みか何かと勘違いでもしていたか? 親父だって今じゃ、無職なんだが。
「……これは困ったな。受信料の回収が来たらどうすればいいんだ」
「いや多分来ないと思う」
「お父さん。そう言えばもうコロッケ用のジャガイモの備蓄がないわ。パン粉も切れていたかしら」
「…………よし」
箸をおいた親父は――いや、勇者キュウサクは、意を決して座布団から立ち上がった。
いれたばかりで熱々のお茶を一気に飲み干してなお、ケロッとしている。これが勇者にあたえられた咽喉――。
我が家の兵糧は底を着きかけ、更に収入源が無いのだという事を知ると、あからさまににこにこと笑みを浮かべていた。
「ふふふ。ゴブリン退治の件、決心してくださったようですわね。もちろん、報酬は――」
「――大丈夫。五百円貯金箱があるんだ。それを持ってジャ〇コに行こう」
「絶対ねぇよ!」
「いやね、お父さん。今はイ〇ンよ」
「そうじゃない! そもそも“日本円”がなんでここでも使えると思ってるんだ、二人とも」
稼ぐには体を動かすしかない。だがこの異世界の知識も技術もなく、お金を得るには――。
「冒険者ギルド……」
思わず呟いていた。
野良犬にくっついているノミの数ほどネット小説を高速で読破してきたから気付くことのできた意外な盲点。
『異世界には冒険者ギルドがあるのではないか』という俺以外の転生者には天地がひっくり返っても見つけられないであろう鋭い着眼点に、自分のことながら身震いがした。
「冒険者ギルドだ! おい美少女、近くに冒険者ギルドはあるか!?」
「あら。こけし使いの幼虫の分際でよく知っているのね、ですわ。死んでくださってもよろしくってよ」
「ビンゴ! そこで現代知識で無双できるってわけだ! 摘むぞ……俺は薬草を摘む! 大金持ちだ、ヒャッハー!! 美少女、さっそく登録に行きたい。どこにあるんだ?」
いつの間にかおれの分のコロッケまで箸を伸ばそうとしていた王女はバツが悪そうに座り直し、上品なハンカチでソースまみれの口を拭った。
「城を出て城下をゆき、商店街を進みなさい。武器屋を右に曲がったら魔道具屋の先で左に折れるのです。幾分か進めば大きな酒場が見えてきますわ。そこをさらに右へ曲がり、進んだ先――ジ〇スコの隣ですわッ!!」
「――なんでジャ〇コがあるんだよ!」
無いはずのモノがそこに在る恐怖――。
そこへ赴けばエンジン以外の商品ならば購入することが出来るとまで言われた蜃気楼の商店。成す術もなく吸い込まれた一家は一人、また一人と商品棚の餌食になっていく。
次回、『エクスカリバーが売っているんだが』
この作品はおおむね9割続きません。