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割り勘だが



「オヤジィィィィーーッ!」


そう叫ぶと、父親の装備した無暗に度数の高い眼鏡(乱視入り)は粉々になり、夜の闇に消えていった。


「おやじ……」


異世界にきて初日に家族を失ってしまった。そう思ったショックで、俺は思わず地に膝をつけてしまった。


「フハハハハハ! 下等な人間が。おとなしく魔王様に従っていればよいものを! フハハハハハ……フハァ!?」


しかし! ドライヤーを強にして同じ場所をずっと乾かしてしまって「あっつぅ!」となった時ほどの熱波が止むと、揺らめく炎の中から人影が現れた。

その姿はいつもと変わらない、メタボリックシンドローム、だった。


「君、いきなり炎ドッキリとは、やってくれるじゃないか。カメラはどこだ? 髭を剃ってからでもいいかい?」


「オヤジぃ! そいつは、違う! クルーじゃないんだ、逃げ――」


無傷の親父に驚きを隠せない四天王に、気さくに話しかける我が父はまだテレビのどっきり番組にしてやられた、と思っているようだった。

急いで逃げろと叫びたかったが、悍ましい状況に気付いた俺は、膝が震えだすのを止めることは出来なかった。


「お、親父……頭――」


「さっきからどうしたんだ? 新作。剃刀はあるかな? 4枚刃の奴がいいんだけど」


剃刀を求めし、その男は。


この瞬間より、折野 久作ではなくなった。


すこし恥ずかしそうに頭に手を触れた親父は何かに気付き、この瞬間より『怒りによって目覚めし、勇者キュウサク』へと変貌を遂げる!


「……勝手にパーマを当てるのは、やりすぎじゃあないかぁあああ!」



知っている。


――毎朝抜け毛の本数を数えて、日記帳に付けていること。


知っているよ、親父。


――育毛剤には気を遣っているってこと。


知っているんだ、親子だから。


――いつか、すべて失う日が来るってこと。



「パーマ液で、毛根が痛んだらどうしてくれるんだぁあああ!」



親父の柔らかめの毛髪が、金色へと変わる!


「な、なんという気迫、ですわ! これが本物の勇者が持つ力、なんですのですわ!」


「ばかなぁ! この四天王『火のベッキョ・リーコン』の膝が震えるだとぉ! 面白い! 味わったことのない、これが恐怖という感情か!」


「父さんが、こんなに怒るのなんて、初めて見た……」


「うっぁぁああああ!」


「フハハ! 受けて立とうではないか! 人間のぉ! 切り札という勇者の力ァ!」 


――それは、はっきり言ってただの”寄り切り”だった。


勇者キュウサクが初めて魔王軍に傷をつけた技。


火のベッキョ・リーコンに体を密着させズボンのベルトを掴むと、互いの息がかかるほどの距離でずんずん体を押して、鑑定の魔の壁際まで行って壁をぶち壊し、そのままどこかへ行ってしまった。

結局、親父が戻って来たのは次の日の明け方だった。

ベッキョ・リーコンはどうした? 酒臭い親父にそう尋ねると、「さあね、彼は奥さんに逃げられたらしくてね? 安月給だし大変らしいよ」そう告げるだけだった。


どうやら親父は、体当たりをして寄り切ったまま見知らぬ土地で迷子になって、ベッキョ・リーコンに居酒屋で奢ってもらったらしい。


「さぁ! 勇者の帰還ですわ! 宴をしましょうですわ! 四天王を退けるなど建国して以来初めての快挙ですわ! さぁ!」


「――なぁ、美少女」


俺は、ぱんぱんと手を叩いてモブ共をこき使って宴の準備にいそしむ見少女に話しかけた。


親父はと言えば、帰ってきて眠ろうとしたところでまた酒の席が用意されるという事実に、遠目でもわかるくらい膝を震わせていた。


「どうしたのですわ? こけし使い様」


「……その呼び名、断固拒否する」


「ワタクシとて、『ジェシー・ジェケイ・パファカッツ』という立派な名前がありますわですわ」


「そうか。ジェシー、でいいのかな? 俺にだって勇者からもらった、『シンサク』って名前がある。こけし使いと呼ぶな。こけし使いと呼ぶな! ――なぁ? 木材と彫刻刀やナイフはあるかい? 俺だって戦うために、こけしをつくらなきゃ」


きりり、と口元を結び凛々しい顔をするジェシーと堅く握手を交わす。


「ええ。よろしくお願いしますですわ、こけし使い様。――すぐに用意させますわですわ」



こうして、大黒柱が勇者となって、この世界を守る為。

魔王を倒すために、立ち上がる。


勇者キュウサクは、火の四天王ベッキョ・リーコンを撃退し、

こうして因縁と、割り勘(一人当たり)3850ゴールドの借りを作ったのだった。

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