06.穢された決着
【注意】
バトル描写につきR15指定回です。
最後の方に流血、人体欠損、瀕死の描写があります。さほど生々しい描写ではありませんが苦手な方はご注意下さい。
ジークムントの剛剣が唸りを上げて迫り来る。それを軽やかに身を捻って躱したヴィクトーリアが、その回転のままに細剣を一閃する。ジークムントはそれを躱すでもなく、引き戻した剛剣を添えて攻撃の軌道を変えさせ、ヴィクトーリアの体勢を崩しにかかる。そうはさせじとヴィクトーリアは身を転がして距離を取り、すぐさま立ち上がって油断なく剣を構える。
今度はヴィクトーリアが駆け寄り剣をふるう。逆袈裟に斬り上げると見せかけ、その動きをフェイントにして身体を捻って横薙ぎに払う。だが辛うじて間に合ったジークムントの剣に防がれた。
すぐさまお互いにバックステップで距離を取り、そして同時に駆け寄る。袈裟斬りと逆袈裟で打ち合った細剣と剛剣が軋みを上げ、一瞬だけ拮抗し、だが膂力の差で斬り下ろしたはずのヴィクトーリアの細剣が跳ね返された。だがそれさえもヴィクトーリアは利用し、身体を一回転させるとその勢いのまま、ジークムントの膂力分もプラスして逆袈裟に斬り上げる。彼はそれには逆らわず、引き下がり距離を取ることで冷静に躱してみせた。
そこで両者一旦動きを止め、僅かな時間にらみ合い、そしてその間に荒れた呼吸を鎮めて調える。
息をもつかせぬ攻防は、すでに数刻にも及んでいた。もう何合斬り合ったか分からないが、ふたりの剣技が伯仲しているのは明白だ。ややジークムントが押し気味だが、ヴィクトーリアも決して負けてはいなかった。
ああ、楽しい。
この時間が永遠に続けばいいのに。
ヴィクトーリアは心からこの決闘を愉しんでいた。こんなにも全力を振り絞るなどいつぶりのことか。幼き頃、師匠や父に無心になって向かっていったあの頃以来ではないのか。その愉しさの前では、すでにクラウスの不貞も辺境伯領への侮辱も、血の盟約でさえもどうでもいいことになっていた。
クラウスの姿が視界の隅にかかったが、もはやヴィクトーリアは意識も向けない。その顔が焦りに歪んでいたことにも気付かないほどだったのだ。
だから、彼女は対処が出来なかった。
ジークムントの剛剣が飛んできて、ヴィクトーリアは彼がやったように自らの剣を添えて受け流そうとした。
その時である。彼女の身体が不意に固まったのは。
あっと思った時には、不自然に右腕が軽くなっていた。見れば、その肘から先が掴んでいた細剣ごと消えていた。
今身体が動かなくなった一瞬の隙に、ジークムントの剛剣に斬り飛ばされたのだ。
魔術を使われた。
そう感じたのは直感に過ぎないが、確信に近いものがあった。
まさか。
そう思って見たジークムントの顔もまた驚愕に満ちていた。その顔のまま彼の身体は流れるように次の攻撃動作に移っていた。
そうして突き出された彼の剣はそのまま、無防備に開いた彼女の胸甲へと吸い込まれていった。
ヴィクトーリアはそれを、まるでスローモーションを見るかのように眺めていただけだった。
またしても身体は動かなかった。
胸甲を砕きながらズブリと無情に刺さっていく剛剣と、そこから吹き出す真っ赤な鮮血。激痛とともに嘔吐感がせり上がってきて、咳き込んだ口からも赤いものが溢れ出た。
胸から、右腕から、血が吹き出すのに合わせて全身から力が失われてゆく。すぐに身体を支えることすら叶わなくなり、膝が折れる。
「ヴィクトーリア嬢!」
剣を手放し、崩れ落ちるヴィクトーリアの身体をジークムントが抱き止めた。揺れて霞む視界の中、彼女はクラウスが醜悪な笑みを浮かべたのを確かに確認した。
おのれ、よくも。
ヴィクトーリアの脳裏に浮かんだその呪詛は、もはや誰に向けたものか本人にも分からない。
彼女の意識は、そのまま途絶えた。