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03.そして白手袋は投げられた

「まあどうせこんなことだろうとは思ったが」

「なっ、き、貴様、追い返したはずだろう!?」

「本当に追い返したかったのならば、私が公城の正門から退去するところまで見届けるべきだったな、婚約者殿?」

「くっ…!」


 ヴィクトーリアの言うとおりである。クラウスは帰れと言い捨てて立ち去っただけで、本当に帰ったかどうか確認して(・・・・)いない(・・・)のだ。

 そして彼女がひとりで公城内を闊歩することなどいつものこと(・・・・・・)であり、公太子の婚約者である彼女は公城はもちろん公宮内のどこをうろついても誰にも咎められない。


「それで?婚約者(わたし)を差し置いてそこなご令嬢と逢引(・・)していたことに関して、何か申開きはあるかね婚約者殿?」

「き、貴様っ!口を慎め!逢引(あいびき)などと人聞きの悪い!」

「これが逢引でなくて何だと言うのかね?」


 逢引、とはつまり特定の相手がいる者がそれ以外の異性と行う不貞行為を指す。具体的には肉体関係をも伴う密会のことを言う場合が多いが、こと公太子ともなれば会っている(・・・・・)だけで(・・・)も逢引と謗られても言い逃れができないだろう。

 しかもこの場合、当の婚約者であるヴィクトーリア本人に現場をバッチリ押さえられたのだ。


「このことは公王陛下にご報告させて頂くからそのつもりで。当然現辺境伯(我が父)にもだ」

「なっ、ま、待て!」


 さすがにヴィクトーリア本人にタマラのことがバレたとあっては、何かと自分には甘い父王もさすがに叱責してくるだろう。それにヴィクトーリアの父、現辺境伯のウルリヒは東方の国境防衛を一手に担う苛烈な武人として名を轟かせると同時に、娘を溺愛していることが国内外に知れ渡っている。そんな彼が婚約者に娘を蔑ろにされたと知れば、どんな報復があるか分かったものではない。


 いや、待て。

 クラウスはここで発想を転換して頭を切り替えた。


 どうせバレてしまったのだし、自分とヴィクトーリアのこれまでを考えても、婚姻前から夫婦関係が破綻するのは目に見えている。そんな不幸な将来などゴメンだし、それは婚約者(この女)とて同様のはずだ。

 そもそもこんな事になってしまったのは親たちの(・・・・)傲慢(・・)が原因ではないか。自分たちが物心つく前から勝手に(・・・)婚姻誓紙を取り交わして、ふたりの将来を勝手に決められて。そんなものになぜ従わなくてはならないのだ。

 だいたい元はと言えば、勝手に盟約など結んで子孫たちにまでそれを強いるご先祖(・・・)たちが(・・・)おかしい(・・・・)のだ。会った事もないのになぜ彼らに従わなければならないのか。というかこの先永劫、子孫たちがそれ(・・)()縛られ(・・・)続け(・・)なくては(・・・・)ならない(・・・・)などと、どう考えても馬鹿げている。


「よし、そこまで言うのならこちらにも考えがある」


 僅かな時間で自己弁護の理論を組み上げたクラウスが、ヴィクトーリアを睨みつける。


「ほう?」


 対してヴィクトーリアの顔は涼やかだ。相手が悪く、自分は一方的な被害者であることを微塵も疑ってはいない。


「貴様との婚約なんぞ破棄だ破棄!ご先祖の盟約など知ったことか!」


 そしてクラウスは指を突きつけて声高に宣言してみせる。ずっと言いたかった、ずっと言えなかった一言を、ついに。


「ほほう」


 ヴィクトーリアの目がスッと細くなる。隠れていない口元は端が僅かに吊り上がっていて、その表情に普段よりも強い酷薄の感情が浮かび上がる。


「そこなご令嬢と不貞に及び、それが露見して悔い改めるどころか我らが祖先の血の(・・)盟約(・・)を蔑ろにし、挙げ句にその盟約で定められた私たちの婚約を反故とするか」

「ふん。国内が治まってはや数十年、貴様ら辺境伯家ももはや用済みである。逆らうというなら一息に討ち滅ぼしてくれても構わんのだぞ!」


「ほう。我が辺境領を田舎と軽んずるばかりか、辺境伯家まで愚弄するとはな。なかなかいい度胸だな公太子(・・・)殿下(・・)?」


 激高するクラウスに対して、ヴィクトーリアはますます冷めていく。


「ハッ。この公太子(わたし)を脅すつもりか?だが残念だったな、もう決めたことだ。私は貴様との婚約を破棄し、このタマラを新たに婚約者とする!貴様はすごすごと辺境伯領へ引っ込んで沙汰を待つが良い!」


 この場が公宮の中庭であることが、クラウスの気を大きくさせていることに彼自身気付いていなかった。周りには(・・・・)味方(・・)ばかり(・・・)なのだから、仮にこの場でヴィクトーリアが暴れたところで取り押さえるのは容易いはずなのだ。


「ふむ、良かろう」


 だが意外にも、ヴィクトーリアは同意を示した。


「そこまで言うのならこちらとしても特に異存はない。私としてもそなた(・・・)と婚約を続けているのは苦痛でもあったからな」


 だが、と彼女は言葉を重ねた。


「不貞を働かれた以上、こちらとしても円満解消とはいかぬな。それに盟約の理も守らねばならぬ。ゆえに」


 そう言って彼女は、右手の白手袋を外すとガゼボのテーブルに放り投げた。


「どちらの言い分を是とするのか、白黒つけようではないか」


「えっ………」


 蒼白になって掠れた声を洩らしたのは、クラウスではなくタマラであった。

 手袋は、タマラの目の前に投げられていた。


「ヴェーバー子爵家令嬢タマラ殿とお見受けする。貴族典範の定めに従い、御身(おんみ)に決闘を申し込む。どちらがより公太子の(・・・・)婚約者(・・・)として(・・・)相応しい(・・・・)か、決着をつけようではないか」


 そして唖然とするクラウスと、青褪めるタマラに向かって、ヴィクトーリアはハッキリと宣言したのだった。







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