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20.罪

【お知らせ】

前話のクラウスがヴィクトーリアを褒めた記憶がない、というくだりを少し加筆しています。昨日20時の更新から30分ほど経ってから加筆したので、それまでに前話をお読みになられた方は一度ご確認下さいませ。





 クラウスの首は、彼の望みどおりヴィクトーリアの手によって刎ねられた。最後の瞬間、彼は無様に足掻くこともなく、従容(しょうよう)として首を差し出し運命を受け入れたという。公太子の地位に恥じぬ見事な最期であったと伝わっている。

 まだ右腕の回復が思わしくなく、剣をまともに握ることもできない彼女は、右拳に剣を縛り付けてまで自分の手で(・・・・・)始末をつけることに拘った。



 辺境伯軍はフランツェンブルク城へ入城し、論功行賞が行われた。降伏してきた貴族たちが早くも公都陥落後の富の配分(・・・・)に目をギラつかせ始めていたからである。

 その論功行賞で第一等とされたのは、フランツェンブルク城を無血開城したグーゼンバウアー侯である。戦巧者の彼がもしも玉砕覚悟の徹底抗戦を選んでいれば、辺境伯軍にも多大な損害が出たに違いなかった。

 第二等は意外にもクラウスである。だが理由は、彼が血気に逸って野戦を選び自滅したことでフランツェンブルク城の早期攻略に寄与したという、ある意味で嘲弄する意図のある行賞であった。もちろん本人はすでに討たれた後だ。


 そしてそれ以外の全ての貴族家は一律に、降伏し(・・・)たこと(・・・)()嘉する(・・・)という一文の記された感状の発行のみで済まされた。そもそも公王家と東方辺境伯家の私怨による内乱であるがゆえに新たに獲得した領土もなければ財貨もなかったため、これはある意味で当然とも言えた。

 まあ欲深い一部の貴族たちがそんなもので満足するわけもなく、公都の陥落後を見据えて様々に画策しているであろうことはウルリヒにも分かっているので、彼は対策も怠らなかった。



 辺境伯軍はフランツェンブルク城で数日休んで英気を養ったが、その際にちょっとした騒動があった。


「ちょっと!離しなさいよ!わたしを誰だと思ってるのよ!?」


 なんと城内の隠し部屋からタマラが発見されたのだ。クラウスは事もあろうに婚約者(・・・)を戦場へ連れ込んでいたのである。


「あっ、ヴィクトーリア様!良かったぁ助けて下さい!」


 ヴィクトーリアの前まで連れて来られたタマラは、彼女の姿を見るなり駆け寄り縋りついてきた。


「一瞥以来変わりなさそうだなタマラ嬢。元気そうで何よりだ」

「何よりだ、じゃありませぇん。いきなり変な部屋に連れて行かれて『ここに隠れていろ、迎えにくるまで出てくるな』ってクラウス様が」


 どうやら隠し部屋に連れ込んだのはクラウスらしい。


「あっそうだ、クラウス様は?ヴィクトーリア様とご一緒なんですよね?」

「クラウスは………」

「ヴィクトーリア様はクラウス様を慕っておいでだから、なんだかんだ言ってクラウス様にお従いすることにしたんでしょ?」


 クラウスの最期をどう説明するか言い淀んだヴィクトーリアの様子にも気付かず、タマラは明るい声で言った。


「えっ?」

「だってクラウス様がいつも仰ってましたよ?『アイツは何だかんだ言って私のことを慕っているから、君とのことも許してくれる』って」

「いや、そうじゃなくて━━」

「お城に入ってきたってことは、結局クラウス様に降伏(・・)なさった(・・・・)のでしょう?クラウス様のところへ連れてって下さい。ヴィクトーリア様のこと、ちゃんと側妃に(・・・)して(・・)いただけるよう(・・・・・・・)わたしがお願いして差し上げますから!」


 ヴィクトーリアの周りを固めていたルイーサや兵たちが唖然とする中、タマラは気付く素振りもない。


「いや、あのな……」

「どうしたんですかぁ?さっさと連れてって下さいよぅ?」


 いいのか?連れてって(・・・・・)いいのか?


「公太子殿下なら、もういらっしゃいませんよ」


 ヴィクトーリアが逡巡していると、その横でルイーサが言った。声にも表情にも一切感情を乗せない彼女の姿は、一種異様な凄みを帯びていた。


「えっ、いらっしゃらないって………えー!あたしを置いて公都へ帰っちゃったんですかぁ!?」


「クラウスが今いるのは、イェルゲイル(あの世)だ」


 この世を創った全ての神々が住まうと言われている、“どこにもない楽園(イェルゲイル)”。人は死ねば魂となりそこへ迎えられ、生前の功罪に見合う様々な地位や役割を与えられるという。大半の魂は何処へ行くこともなく楽園で安楽に過ごすとされているが、生前の行いによっては罰として動物などに生まれ変わらされたり、賞されて神の座に迎えられることもあるという。

 そうした神々と死生観を持つイェルゲイル神教がこの西方世界ではもっとも広く信仰されている。ヴィクトーリアもルイーサもタマラも、そしてクラウスももちろんその信者、つまり神徒(しんと)だ。


「えっ、イェルゲイル(あの世)って………?」


「クラウスは野戦で私に敗れ、討たれた。城に残ったグーゼンバウアー侯も降伏し、今この城は私たちが占領している」


「またまたぁ〜!クラウス様が負ける(・・・)はずない(・・・・)じゃないですかぁ!」

「事実だ」

「えっ?」


「ということでな、そなたも捕虜(・・)ということになる」


「ウソ………」


 何を言われているか、次第に理解できてきたのだろう。タマラの顔色がようやく変わる。


「えっホントに?」

「本当だ」

「ドッキリじゃなくて?」

「本当だ」


 どんどん青ざめ、ガタガタ震えだすタマラ。


「えっわ、わたし、何も(・・)悪く(・・)ありません(・・・・・)よね?助けて下さいますよね!?」


 彼女はヴィクトーリアに縋りついて命乞いを始めた。


「だって何も(・・)してない(・・・・)ですもの!わたしは」

「そうだな」


 これ以上聞く気もないとばかりにヴィクトーリアが口を挟み、タマラの口がビクリとして止まる。


何も(・・)しなかった(・・・・・)のが、そなたの罪だ」


「えっ?」

「そなた、クラウスの婚約者になるために自分で(・・・)何をした(・・・・)?」

「それは……」

「私を追い落とすために、そなたはどんな努力をしたのだ?」


 タマラは自分からクラウスの寵を得ようとして近付いたわけではない。寵愛を得てからも、クラウスの婚約者の地位を得るために自ら動いたわけではない。決闘の時でさえ、自分では戦わず言われるがままにジークムントを代理人に立てた。

 そしてクラウスに連れられるがままこの城までやってきて、言われるままに隠れていただけだ。


「そなたは何もせず、何を失うこともなく、ただ私の地位と権利を奪い取った(・・・・・)だけ(・・)だ。何の努力もなしに、何の功績もなしに」

「あ……あ……あ……」

「分不相応な望みを抱き、公国の公太子を誑かし(・・・)て不当に婚約者の地位を手にし、公王家と辺境伯家の諍いを引き起こして国家を二分する内乱にまで発展させた。これ以上の罪はあるまい」


「そんな……イヤ……!」

クラウスの(・・・・・)ところに(・・・・)行きたい(・・・・)のだろう?━━連れて行け」

「イヤッ!待って!助けてヴィクトーリア様ぁ!」



 泣き叫ぶタマラは、そのまま城の中庭に引き出され処刑された。彼女は最期まで喚き、足掻き、見るに堪えない無様な姿を晒し続けていたという。

 それを伝え聞いた彼女の実家のヴェーバー子爵家の家族たちは降伏することも叶わず公都の邸に籠って震えていたが、のちに公都が陥落した際に娘の罪に連座して処刑され、家門はそのまま取り潰しになった。







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