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02.公太子の裏切り

 公宮の中庭に設けられたガゼボ。そこにクラウスの姿はあった。先ほどヴィクトーリアの前で見せていた、怒りと嫌悪に満ちた態度とは裏腹に、落ち着きに満ちた穏やかな表情で、優雅にティーカップ(テータッセ)を傾ける。


「もう、嫌ですわクラウス様ったら〜」


 そんなクラウスはひとりではなかった。ガゼボに据え付けられたテーブル(ティシュ)を挟んだ向かい側には、ひとりの令嬢の姿があった。


 口元に手を当てて朗らかに微笑むのはタマラ・ヴェーバーという娘で、子爵家の次女である。歳はヴィクトーリアのひとつ下の15歳で、緩くカールさせた柔らかな亜麻色の髪と淡い檸檬(ツィトローネ)色の瞳が目を引く、小柄で可愛らしい娘であった。クラウスの好みドンピシャである。

 しかもこの娘、胸元がやたら豊満である。ドレスの内側からはち切れんばかりに押し上げてくる双丘に、クラウスの目線が吸い込まれてゆく。


「そんなにお胸ばかりご覧になられては、わたくし恥ずかしゅうございますわ」

「い、いや、そんなに見ていたわけでは」


 とか誤魔化しつつ、ガッツリ見ていたクラウスである。ヴィクトーリアもそれなりに張りのある整った胸元が美しいのだが、タマラのこれを前にしては霞んでしまうだろう。というかヴィクトーリアの美乳は基本的に甲冑の胸当てに隠されたままである。



 クラウスとタマラが出会ったのは、半年前の彼女の御披露目(デビュタント)の夜会であった。公王家が主催して、その年に成人を迎える貴族の令嬢たちに御披露目の場を用意してやるのだ。当然、公王一家も臨席するため、クラウスも出席したわけである。

 タマラは同い年の令嬢たちの中でも目を引く容姿だった。顔立ちが整っているのはもちろんだが、なんと言っても目立ったのはその胸元である。当然それは巨乳好きのクラウスの目に止まり、彼は彼女に親しく声をかけ、ひとときの会話を楽しんだ。

 彼女は見た目の印象だけでなく、控えめな性格もおっとりした口調もクラウスの好みに合っていた。それだけでなくクラウスの肩にも届かないほど小柄で、胸元を除けば全体的なプロポーションもやや華奢な感じで、いかにも庇護欲をかき立てる雰囲気を持っていた。


 もちろん周りに配慮して、ベッタリと張り付きすぎないよう気をつけてはいたが、見る人が見れば彼がタマラを気に入ったことはひと目で分かったことだろう。当然それは、父であるカール・グスタフ3世にもバレた。父王はクラウスに対して、気に入るのは構わんが婚約者(ヴィクトーリア)との区別はしっかり付けよと釘を刺した。

 つまりそれは、婚約者がいるのだから囲うのならば婚姻した後にしろという意味だったのだが、クラウスはそれをわざと(・・・)曲解(・・)した。それ以来彼は、ヴィクトーリアとは別にタマラに贈り物をし、ヴィクトーリアとは別にお茶会に招待し、ヴィクトーリアとは別にデートに連れ出した。というかヴィクトーリアには元からそういう事をしたことがなかったから、要はタマラに(・・・・)だけ(・・)そうした寵を与えたわけである。


 タマラは最初は困惑していた。クラウスに婚約者がいるのは周知の事実であり、傍から見て非常に釣り合いの取れた見事な美男美女のカップルだったから、そんな婚約者を放置して自分に笑顔を向け愛を囁いてくる公太子に戸惑うのも当然である。

 だがクラウスは、ヴィクトーリアとは盟約で決められただけで愛などなく、結婚して彼女を公王妃としなければならないだろうが愛するつもりはない、愛はそなたにだけ捧げたいのだ、と熱心にタマラを口説いた。それで次第にタマラも、将来の側妃を夢見るようになっていった。

 子爵家の娘に過ぎない自分が公太子に愛されて、将来の公王の愛を独占出来る。その信じがたい事実に舞い上がった。あの容姿も作法も完璧で、凛々しく強くて非の打ち所のない、あのヴィクトーリアに勝った(・・・)のだ。そう思えばのぼせ上がるのも無理はなかった。



「わ、私はそなたの愛らしさに釘付けになっておったのだ。決して胸ばかりではない」


 暗に胸を見ていたことを否定できていないことにクラウスは気付いていないが、タマラはそのことに気付いてふふ、と微笑(わら)った。その笑みにつられてクラウスもへら、と笑う。

 ヴィクトーリアを無事に追い返せて良かった、としみじみクラウスは安堵していた。


 つまりは要するに、今日がヴィクトーリアとの定例のお茶会であることを忘れていたクラウスが、タマラを公宮に招いてしまってダブルブッキングを起こしてしまったのだ。タマラと出会って以降、クラウスは何かと理由をつけてヴィクトーリアと会わないようにしていて、そのためお茶会ももう半年開かれておらず、それで日付を確認するのをうっかり失念していたのである。毎月15日という分かりやすい設定だったのにも関わらず、だ。



「ほほう。やはりそういうこと(・・・・・・)だったか」


 不意に中庭に響いたその声に、クラウスはギョッとする。やはり気づいたタマラが不安げに怯えた視線を向けてくるがそれに構う余裕もない。

 だって聞こえたのは、ヴィクトーリアの声だったのだから。

 慌てて立ち上がってキョロキョロと辺りを見回すクラウスの眼前に、侍女をひとり伴ったヴィクトーリアがゆっくりと姿を現す。人を立たせて見張らせていた表側からではなく、裏手の茂みから出てきたのだ。





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