表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

17.フランツェンブルク平原の戦い

 謎の遠距離攻撃による魔術放射は結局、わずか3発だけで終わった。だが見たこともない攻撃、それも常識的にあり得ない威力と射程は公国軍兵士たちを恐慌一歩手前まで追い込んでいた。軍の幹部である将校たちも血相を変えてクラウスのところに飛んでくる。


「殿下!ご無事で!?」

「あれは一体!?」

「ええい落ち着け!うろたえるな!」


 苛立ちながら将校たちを叱責するが、その実クラウス自身が一番うろたえている。


「いくら威力があろうとも城まで届いて(・・・)おらん(・・・)だろうが!当たらなければどうという事もない!」


 勉強だけはできて小知恵の回るクラウスは弁舌も得意である。だからこの場でもその場しのぎの詭弁はスラスラ出てくる。

 だが彼は、敵陣のヴィクトーリアが射程調整をしてわざと(・・・)当てなかった(・・・・・・)のだと知らない。


「た、確かに当たらねば被害はありませんが……」

「3発で終わったということは、敵は3発しか(・・・・)放て(・・)ない(・・)ということでもある!わずか3発ではいくら何でも我が軍20万を全て死傷させることは不可能であるし、この広大なフランツェンブルク城を破壊し尽くすことも不可能だ!」


 そう言われて、将校たちがなるほど確かに、という顔になってゆく。


「野戦に引きずり出し、3発撃たせて沈黙させてから一気に距離を詰めればよい!さすがに敵も乱陣のなか味方を巻き込んで撃つような真似はできまいぞ!」


 そうして上手く行けば敵兵器の鹵獲も可能だ、と言われて、将校たちに希望と安堵の色が広がっていく。


「ということでだ!直ちに軍備をまとめて出撃いたせ!全軍をもってフランツェンブルク平原に押し出し、決戦を挑んでくれよう!」


 勇ましいことを言っているが、クラウスに軍指揮の経験はない。本人もそれは分かっているが、勉学で得た知識と戦術だけで何とでもなるものと思っている。

 なお先に決戦して蹴散らされた公国軍30万を指揮していたのは、エスターライヒ侯爵であってクラウスではない。クラウスは公都で敗報を聞いただけであり、その後に手を回して敗残兵を集めて回った時は辺境伯領軍との遭遇はなかったから小競り合いの経験もない。


「全軍の出撃には反対でございます」


 その時、進み出てきてクラウスに異を唱えた者がいる。

 公都防衛軍の首将、グーゼンバウアー侯爵である。


「貴様、怖気づいたかグーゼンバウアー侯!見損なったぞ!」

「城を空にするわけには参らぬと申しておるのです」

「そんなもの!一軍(約1万人)でも残しておけばよかろうが!」

「野戦において敵軍50万に20万で当たる愚を、少しはご考慮なされよ」

「くっ…!」


 そう。籠城戦だからこそ寡兵で均衡を保てているのだ。野戦になればまた話が変わる。

 つまりグーゼンバウアー侯はこのまま籠城を選択すべしと言っているわけだ。


「敵は大兵とはいえ公国からの物資援助を失い、長期戦は避けたいはずでござる。しからば我が方が籠城し時間を稼ぐだけで敵が勝手に瓦解するは必定。慌てる必要などありますまいて」

「そういうのを!怖気づいたと言うのだ!」

「殿下のそれは、勇壮ではなく無謀というのです」


 グーゼンバウアー侯は公都防衛の任に就いてもう20年になろうかという老将である。若かりし頃は東方や北方の援軍として敵国マジャルやルーシと幾度も矛を交えた経験を持ち、戦陣の機微もよく分かっていた。そして今また彼我の戦力差や置かれた状況もよく調べていて、敵の弱点をも的確に見抜いていた。

 グーゼンバウアー侯そして公国軍にとって不幸だったのは、彼が全軍の(・・・)首将(・・)では(・・)なかった(・・・・)ということに尽きる。クラウスはグーゼンバウアー侯の指揮下にはなく逆もまた然りで、つまり今のフランツェンブルク城内には首将が(・・・)二名いる(・・・・)という、軍指揮において致命的な状態であった。


「ええい話しにならん!臆病風に吹かれた老いぼれなどクビだ!とっとと立ち去るがいい!」

「やつがれめを公都防衛に任じたのは公王陛下でござる。やつがれめを首にしたいのであれば、陛下の勅許をお持ちなされ」

「クッ!ああ言えばこう言う!」


「報告致します!敵軍の一部がフランツェンブルク平原に押し出して陣を築いております!その数およそ10万!」


 ここで伝令が状況の変化を伝えてきた。

 結果として、これが彼我の明暗を分けることになる。


「10万だと?敵主将は誰か?」

「そ、それが━━」


 言い淀む伝令の首に下がっている遠望鏡をクラウスは奪い取った。そのまま窓に駆け寄り展開中の敵軍を遠望鏡で確認する。

 旗が見えた。盾の中が四分割されていて、金色の王冠、砦、旗そして鷲獅子(グリフォン)が描かれている。王冠はアウストリー公爵位つまり公国を示し、砦は東方辺境領ことフィアブルゲンラント州の象徴、旗はエステルハージ家のもの、そして鷲獅子は彼女(・・)の印(・・)だ。


「おのれ、ヴィクトーリアめ…!」


 クラウスは直ちに麾下の全軍をもって出撃した。反対の立場を崩さないグーゼンバウアー侯と、その麾下の公都防衛軍10万を置き去りにしてまで打って出たのだ。

 そうしてクラウス軍10万とヴィクトーリアの軍10万とが、ついにフランツェンブルク平原にて対峙することとなる。これが後世に言う『フランツェンブルク平原の戦い』の始まりであった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いやあ、掛け値なく楽しめます。 引き続きご武運をっ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ