16.本当にぶっ放した!
装填席に座る青年の魔術師が詠唱を唱え、右手を水晶球にかざすと、魔力が流れ込むと同時に無色透明の水晶球の真ん中に見えている円形の魔方陣が鈍く光り、すぐに赤く光って水晶球全体が赤くなる。
「装填ヨシ!」
間を置かず、照準席に座る少女と言える年齢の女性魔術師が詠唱とともに席の前にある装置に両手をかざすと、砲身を中心に中空に黄色い魔方陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転しながら光を放つ。すると砲身自体が駆動音を上げつつゆっくりと角度、それから方向を変え始める。
やがてそれは虚空のある一点に狙いを定めたかのように、態勢を整えて停止した。
「照準ヨシ!」
さらに照準席と反対側にある射手席に座る壮年の男性魔術師が、やはり詠唱とともに席の前の装置にあるボタンに指を触れる。すると魔力が流れ、駆動音が急速に高まっていき、装填席の水晶球の赤い光が急速に砲身に吸い込まれてゆく。
そして水晶球はすぐに元の無色透明に戻った。
「発射準備、ヨシ!」
そして傍らに立つヴィクトーリアが軍配を揮う。
「発射!」
その彼女の声を合図に、
「[炎砲]、てーっ!」
射手席の魔術師が気合を込めて叫ぶと同時に指を触れているボタンを強く押し込む。カチリと小気味よい接触音がして10デジ砲の砲口が赤く光り始め、次第に光が強まっていき最後には直視できないほど眩くなる。
その直後に砲口から真っ赤な炎の塊が、轟音とともに目にも止まらぬ勢いで飛び出した。
「おおおおお!?」
あまりの轟音と迫力に、ヴィクトーリアの隣で見ているジークムントは驚嘆の声を上げるしかない。
凄まじいスピードで砲口から飛び出した炎の塊は長く尾を引いて中空に伸びてゆき、弧を描いて次第に落下を始める。そうしてついに、最後にはフランツェンブルク湖のど真ん中に突き刺さるように落ちた。
一瞬で[炎砲]の塊は水中に飲み込まれ、次の瞬間、あたりに地響きのような爆発音のような凄まじい音とともに湖面が大きくたわみ、盛り上がり、それが弾けるようにして巨大な水柱が上がる。水柱はフランツェンブルク城の尖塔とあまり変わらぬほどの高さまで上がり、それから自由落下で湖面に戻ってゆく。その戻る水が湖面に激突する音がまた派手に響く。
「発射成功!」
「弾道距離1ミリウム、着弾誤差は公差内です!」
「次弾装填、準備!」
魔道砲戦車の三名の搭乗員たちは射撃の成功にも冷静さを失わず、すぐさま次の発射準備に取り掛かっている。
「うおおおお!すげえええええ!」
ジークムントはひとり大興奮である。
「ふふ、喜んで頂けて何よりだ」
それを見てヴィクトーリアも楽しそうに微笑う。
「ちぇっ、ホントに湖を狙ったのか。つまらん」
ふてくされているのはマインハルトだ。彼は何やら青白く光る縄状の光の輪にぐるぐる巻きにされて転がされている。青属性の[拘束]で縛られているのだ。
要するに結局、彼は魔道砲の指揮権をヴィクトーリアに奪われてしまったわけである。
「だから何度も言ってるだろう、兄上。やり過ぎは良くないんだ」
「だがお前を虚仮にした奴らだ。少しは痛い目を見せてやらねば気が済まん」
「そう言ってくれる兄上は大好きだが、もう少し後のことも考えてくれ」
「ちょ、おま…そんな…、急に『大好き』とか言うなよな………」
要するにマインハルトは妹を死の淵に追い込んだ奴ら、それを手をこまねいて傍観していた奴らに対して復讐したかったのだ。彼は最低でも、そうした者たちに死の恐怖くらいは味わわすべきだと考えていた。
そしてヴィクトーリアは兄のその愛を理解した上で、それでもダメだと叱りつけたのだ。
(本当に、仲の良い兄妹だなあ)
興奮しているうちにいつの間にか兄妹愛劇場が始まってしまっていることに気がついて、ひとりジークムントはそんな事を考えていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の空気を切り裂いて、突如轟音が響き渡る。
「なんだ、何事だ!?」
余裕ぶって朝食を味わっていたクラウスは文字通り椅子から飛び上がり、慌てて音のしたほう、つまり南向きの窓に駆け寄った。
その彼の視界一杯に広がっていたのは、天をも衝こうかという巨大な水柱だった。
「なん………だ、何が………」
言葉が出ない。
それほどに異様な、初めて見る光景だった。一体何がどうなればこんな事が起こるのか。魔術を使ってさえ思い浮かばない。
と、そこへ南方の空から赤く光る物体が飛来するのが見えた。あれは何だ、と声を出す間もなくそれは湖面に突き刺さり、つぎの瞬間、爆発的な轟音とともに湖面が盛り上がり、弾け、そして先程と同じような巨大な水柱が上がる。
轟音は鼓膜を突き破らんばかりに鳴り響き、空気は激しく振動し、城の石壁すらも僅かに揺れているほどの衝撃がクラウスの全身を襲う。
「ほっ、報告致します!敵方の攻撃と思しき魔術攻撃、フランツェンブルク湖に着弾![炎砲]による火炎弾かと思われます!その数2!……あ、3発目来ます!」
「なにぃ!?」
炎砲だと!?あれは火球よりも威力が高い代わりに射程がごく短くて、3ニフから5ニフ程度しか飛ばないはずだぞ!?
などとツッコむ暇もなく、飛来した炎の塊は湖に着弾する。轟音、膨張、破裂とともに水柱、同時に衝撃波と振動。
「くっ、なんて威力だ!」
この威力は確かに火球ではなく炎砲に思える。今見た炎塊も確かに炎砲で間違いないように見えた。
だが城の南方平原に陣取った辺境伯軍の陣とは1ミリウムほども距離があるはずだ。もしも炎砲を届かせたのだと言うのなら、少なく見積っても10人単位による[方陣]の儀式魔術で威力と射程を強化した奥の手のはずではないか。
そしてそれがこうも連発できるわけがない。
そしてそこまで推測を組み立ててから、クラウスは決定的な事実に気付いてしまった。
そう。どんなカラクリかは分からないが、辺境伯軍は自分の得意な魔術においてもはるかに上回っているのだと。ヴィクトーリアが魔力なしだったせいでつい無意識に、辺境伯領軍は魔術も使えぬ奴らだと思い込んでしまっていたことに、この攻撃で気付かされたのだ。
決定的で、そして絶望的な事実。しかも降伏勧告の軍使を送った翌朝にこんなものを撃ち込んできたということは、何よりも明確な拒絶の返答に他ならない。
「そんな………バカな………」
自らの無知と傲慢さでヴィクトーリアに逃げられ、今また反乱軍を降伏させることも叶わなくなった。残された手段は指揮したこともない軍を率いて、戦慣れした敵軍と雌雄を決することだけだ。
そうして立ち尽くすクラウスの周囲、というかフランツェンブルク城内の至る所でも「あんなのに勝てるわけねえ!」「嫌だ死にたくない!」「もう無理だ、降伏だ!」と口々に叫ぶ一部の兵たちのせいで、公国軍の士気は立て直せない所まで急落していたのだった。




