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15.ぶっ放せ!

 翌日。

 辺境伯軍は朝から慌ただしく動いていた。

 と言っても、攻城の準備に取り掛かっているのかと思えばそうではない。


 地響きを立てて、何台も巨大な竜戦車が陣奥から引き出されてくる。曳いているのは鎧竜の一種のキロサウル種だ。

 西方世界には一般的に『亜竜』と呼ばれる竜種が多く生息していて、多くの種類に分類されている。脚竜車を曳かせるために家畜化されている脚竜や山岳地帯の国家が騎竜として用いることもある翼竜などもその一種で、脚竜は二足歩行で走ることが得意な亜竜、翼竜は翼を持ち空を飛べる亜竜だ。

 そして鎧竜は全身を鎧のごとく硬化した皮膚で覆われた四足歩行の亜竜で、防御力に優れることから戦場で戦車を曳かせる用途に用いられる。一般的によく知られているのはキロサウル種とケラトプス種で、キロサウル種は防御力特化、ケラトプス種は突撃戦術にも使われる攻防万能型である。


 で、そのキロサウル種が曳いてきた竜戦車には、何やら大砲の砲身のような長いものとその土台が据えられていて、一般の竜戦車のように槍兵や弓兵を乗せるような感じではない。


「これは………?」


 マインハルトに案内されてやって来たジークムントが、訝しげにそれを見上げる。


「これこそが我が辺境伯軍の誇る、“魔道砲”戦車だ!」


 マインハルトはとっておきのお宝を披露したみたいに得意満面である。


「魔道砲、見たところ放射系魔術の補助具(・・・)のような………?」

「おう、ご明察だアイヒホルン卿。初見で見抜くとはなかなかやるな、お主!」


 なかなかやるなと言われても、中空の筒状の長い物体が空中に向かって伸びていて、その根本には座席と水晶球が設置してあり、その水晶球には魔方陣が封入されているのだから、どう見ても魔道具である。

 だとすれば赤属性の火炎系や黒属性の礫系、もしくは青属性の氷系などの放射魔術の放射を(・・・)補助(・・)する(・・)もの(・・)と推測するのは比較的容易である。



 この世界には火薬というものがなく銃や大砲といった武器が実用化されていない。正確には火薬の成分原料となる各種化学物質は存在していて、適正な配合と手順で取り扱えば火薬の精製そのものは可能である。だが古来から魔術が人の生活に密接に関わっているこの世界では、研究開発がなされず実用化に至っていなかった。

 ゆえに、ジークムントは「砲」を見るのが初めてである。通常、放射系の魔術というものは魔術師が詠唱により発動させた魔術を敵に向かって放つ、つまり放射するもので、飛距離は数ニフ(約10m)からせいぜい数十ニフ(約100m)スタディオン(約200m)まで届かせようとすれば[方陣]での威力強化が必須だろう。

 ジークムントは水晶球に魔方陣が封入されているのを見て、それを射程延長のための魔方陣、水晶球をそのために開発した魔道具だと見て取ったわけである。そこまで推測できたなら、空に向かって伸びる筒状の物体を射出補助具と考えるのも道理であった。


「で、これをどうするのですか?」


 厳密にはまだ辺境伯軍に参入していないジークムントが本来発してはいけない問いではあったが、なんかもう昨夜からの一連の会話から宴会を経てそんなものどこかに吹き飛んでしまっている。だから問われたマインハルトも、


「知れたこと。これ(・・)を今からあの城にぶち込んで、奴らの度肝を抜いてやろうと思ってな!」


 などと平気な顔で答えていたりする。


「待て待て待て、兄上!」


 そこへヴィクトーリアが血相を変えて走ってきた。もちろんルイーサも一緒だ。


「おう、どうしたトリア。そんなに走ったら転」

「そんな事はどうでもいい!そんなもの(・・・・・)を出して、一体何を始めるつもりだ兄上!?」


「いや何をもなにも、昨日父上も言っていただろう?『ぶっ放してやれ』と」

「私の言っているのはそこ(・・)じゃない!どうして20デジ砲まで出してるんだ!」


 血相を変えて兄に詰め寄るヴィクトーリア。それに対してしれっと“あ、バレた”と目を逸らすマインハルト。ジークムントが改めて魔道砲を見上げると、4基並べてある中でひとつだけ、砲身の径が太いものがある。


「使うなら10デジ(20cm)砲までにしておけ!20デジ(40cm)砲はやり過ぎだ!」

「えーだって」

「だってもへったくれもない!」

「20デジ砲の方が派手でいいだろう?」

「いいわけあるか!」


 敵味方に分かれて戦ってこそいるが、その実どちらもアウストリー国民である。辺境伯の公国への謀叛、つまり内乱なのだから当然の話だ。そして今からマインハルトが派手に攻撃しようとしているのは公都の防衛拠点であるフランツェンブルク城、中に籠もるのは公国正規軍である。

 領地にほぼ籠もりきりの父や兄と違って、公太子の婚約者であったヴィクトーリアは頻繁に公都や公城へも通っていた。ゆえに正規軍にも騎士団にも、公都の民や公城の役人たちにも、もちろん貴族たちにも顔見知りや知己が多い。

 だから彼女はできればなるべく穏便に済ませたかった。そもそも自分と公太子(クラウス)の痴話喧嘩に巻き込んでしまったという負い目すら感じているのだ。なのに魔道砲(こんなもの)を派手に撃ち込まれれば損害もシャレにならないし、人的被害も出かねない。何より未知の兵器の恐怖に怯えて徹底抗戦など選ばれては目も当てられない。


「とにかく!絶対にダメだからな兄上!」

「えー」

「えー、じゃない!あと城に直接当てるのも禁止だ!目の前の湖に落としてやればそれで充分示威になる!」

「楽しくなーい」

「戦は遊びじゃないって常日頃から言ってるだろうがこのバカ兄!」

「敬称が消えた!?」

「消えるに決まっとるだろうが!なんなら呼び捨てにしてやろうか!?」


「…………それもいいな……」

「ダメだコイツ…………orz」


(仲のいい兄妹だなあ)


 目の前で繰り広げられる三文芝居、じゃない兄妹喧嘩を見せられつつ、ジークムントはそんな事をぼんやり考えていた。

 ちなみにヴィクトーリアは16歳、マインハルトはその9つ上のこれでも25歳、そしてジークムントは21歳である。







【註】

「デジ」とは長さの単位で約2cm。成人男性の中指のもっとも太い部分の横幅に相当。

「ニフ」も長さの単位で、1ニフはおよそ1.6m。成人男性が2歩歩く距離と定められている。なおニフの5分の1(約32cm)を「フット」という。

ちなみにキロサウル種の体長がだいたい3ニフ(約4.8m)。

「スタディオン」とは距離の単位で、太陽が朝地平線から姿を現し始めた瞬間から歩き始めて、完全に地平線を離れてしまうまで(約2分)の間に成人男性が歩ける距離のこと。およそ200m。


距離(長さ)の単位には他にミリウム(約1600m、ニフの1000倍)があります。

いずれも古代ロマヌム帝国時代(作中だとおよそ700年以上前)からある単位です。

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