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11.救出、そして脱獄

書き溜めたストックが尽きつつあるので、本日から1日1回更新になります。ごめんなさいm(_ _)m






「ただ今戻りました!」


 当たり前のように正面から鍵で(・・)牢を(・・)開けて(・・・)戻ってきたルイーサに、ヴィクトーリアは思わず目をしばたたかせた。


「お帰り………いや、ずいぶん早かったな?」


 ルイーサがヴィクトーリアの元を発って行ったのは昨夜のことだ。それから一眠りして、起きて、牢番の差し入れてくれた食事を食べて━━その食事もよくは分からないが、普段食べているものとあまり遜色なかった気がする。地下牢とはこんな良質の食事を供されるものなのか、地下牢に初めて入ったヴィクトーリアには判断がつかない。

 まあとにかく、その食事を終えて食後の(・・・)お茶(・・)を味わっているとルイーサが帰ってきたのだ。


「可能な限り最速で、とお約束した通りです!」

「いや、それにしても早すぎるだろう?」


 えっへん、と胸を張る護衛侍女に、さすがのヴィクトーリアも呆れ気味である。


「確か公都ウィンボナから辺境伯領都のマルトンまで、片道4日ほどかかるな?」

「風馬で急行しても2日半はかかりますね」

「それでなんで、一晩で戻ってこれる?」


 そう、どう考えても計算が合わないのだ。まさか高い金を払って神教神殿で[転移]の魔術陣を利用したわけでもあるまいに。


「あ、それがですね、マインハルト様にお会いしまして」

「兄上に?」

「はい。すでに少数の兵を率いて公都に到着(・・)しておいでです」


「……………いや、それも早すぎんか?」


 今ヴィクトーリアのいる、地下牢のある公城は公都ウインボナの中心部にある。そして普段ヴィクトーリアやその兄マインハルト、父のウルリヒなどが暮らす領都マルトンまでは最速でも2日半の距離がある。

 それなのにすでに兄が公都にいるということは、少なくとも3日前には領都を発っていたということになる。


「待て、ちょっと時系列を整理したい」

「えーっと、そうですね。お嬢様が決闘でお倒れになってからお目覚めになるまで3日かかりました」

「それだ」


 なんのことはない。牢で一晩眠ったことと合わせてすでに4日経っているのだ。

 ヴィクトーリアが決闘で敗れたことは公都にいる誰かからすぐにマルトンへ注進が入ったのだろう。連絡をつけるだけならば[通信]の術式が付与された“通信鏡”を使うか、魔力を注ぎ込んで送信距離を伸ばした[念話]の術式を使うか、あるいは神教神殿で規定の寄進をして[念信]の通話を利用させてもらえば何とでもなるのだ。

 そして連絡を受けた領都の方では、直ちにヴィクトーリアの救出のために先遣隊を組織し即座に出発したのだろう。それであれば兄が公都にたどり着いていても充分に納得できる。


「マインハルト様は大変お怒りで。直ちに公城へ乗り込んでクラウスめを成敗なさろうとするものですから、おなだめするのが大変でした」

「いや、せめて敬称くらい付けてやれ」

「嫌ですよ。お嬢様を蔑ろにするような輩は敵ですから!」


 ふんす、と鼻息荒くするルイーサに、ヴィクトーリアは苦笑するほかはない。


「それでですね、もうすぐマインハルト様がこちらにおいでになります。わたくしはその先触れを仰せつかって、お迎えの準備とお嬢様のお支度のために先行して戻って参った次第です」

「え、もう兄上が来られるのか」

「はい、すでに牢番にも刑吏にも話は(・・)通して(・・・)ありますので、ご到着し次第すぐにでもこんなところからおさらば(・・・・)です!」


「そういうことだ。迎えに来たぞヴィクトーリア」


 鉄格子の向こうから声がかかって、振り向くとそこには短めに揃えた柔らかい黒髪の、澪色の瞳に慈愛の色をたっぷり乗せた美丈夫が立っていた。しかも彼も当たり前のように鍵を使って(・・・・・)牢へと入ってくる。


「兄上」

「ああ、ヴィクトーリア可哀想に」


 固い簡易寝台の上で身を起こしていたヴィクトーリアに駆け寄ると、兄マインハルトは片膝をついて彼女の身体をそっと抱きしめる。久しぶりの兄の抱擁に、ヴィクトーリアの頬が少しだけ紅潮する。

 全く、我が兄ながら間近で見ると目の毒だ。美しすぎて目のやり場に困るではないか。

 逞しいその腕に抱かれて、ヴィクトーリアもそっとその背に腕を回して抱きしめ返す。それからその分厚い胸板に静かに頭を預けた。


「…あ」

「ん、どうしたトリア」

「い、いえその………匂うのではないかと」


 3日も昏倒していたのなら、そしてその間石牢に入れられたままだったのならば、当然風呂になど入れていないはずである。そして右袖の血痕を見ても分かる通り着替えもできていないのだ。

 そんな状態で、大好きな兄に抱きしめられることに、ヴィクトーリアは羞恥を覚えていた。


 女性らしい恥じらいを見せる妹に、マインハルトが破顔する。


「ははっ。相変わらず可愛らしい(・・・・・)なトリアは。そんなこと、この兄が気にするわけがないだろう?」

「ですが」

「大丈夫だ。というかこのまま抱いて連れて行くのだから、どのみち密着したままになるぞ?」

「えっ?」


 言うが早いか、マインハルトは妹を抱き上げていた。


「えっちょっ、兄上!?」

「まだ傷も癒えていないだろう?失われた血と霊力も戻っていないはずだ。そんな状態のお前を自力で走らせたところで足手まといになりかねん。ならば」


 言いながらマインハルトはスタスタ歩いて牢を出てしまう。その後ろでルイーサが鍵をかけて牢番へ返した。


「このまま抱いて行った方が早いというものだ!」


 そう言うなり、マインハルトは入口の階段めがけて駆け出した。


「ちょ、兄様━━!?」

「ははは、久々に聞いたな“兄様”呼び!良いぞもっと呼べ!」

「いやその前に!脱獄ってもっとこう密かにやるものでは━━!?」


 だがそんな彼らを牢番も刑吏も何故か笑顔で見送っている。中には「お気をつけて」「お大事に」などと労る声をかけてくれる者さえいるではないか。


 地下牢入口の階段にはヴィクトーリアも見覚えのある辺境伯領軍の騎士が立っており、階段を上りきった先にもやはり領軍の騎士が立っている。


「さ、お嬢。帰りましょう我らが領都(マルトン)へ!」

「え、あ、うん」


 そうしていつの間にか集まってきた10人ほどの手勢を連れて、マインハルトとヴィクトーリアは公城を迷わず進んで裏の城壁までたどり着き、城壁の(・・・)()から(・・)垂らされた(・・・・・)縄梯子であっさりと脱出に成功する。途中、兵たちが口々に「東方辺境伯、謀叛!」「挙兵して公都へ攻め上がってくるぞ!」などと叫んで回ったものだからすでに公城内は大騒ぎになっていて、ヴィクトーリアたちが脱出するのを阻止しに来る者は誰もいなかった。






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