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10.時すでに遅し

「こ、婚約の破棄を取り消します!ヴィクトーリアは私のことを好いているし、今ならまだ━━」

「今さら何を言っておるか」


「…………えっ?」


「勝者の権利だとわざわざ言い置いて婚約破棄を宣言したのは貴様であろうが!決闘の結果が今さら覆るなどと思うでないわ!」


 正確にはタマラに代弁させたわけだが、その全てはクラウスの意向であり、事実上クラウスが勝利者の権利を掠め取ったに等しい。


「それにな、考えても見ろ。たとえヴィクトーリア嬢が貴様をどれほど好いておったとしても、理不尽に辱めを受けた挙げ句に決闘でも卑怯な手で負かされ、命まで脅かされたのだぞ?しかも貴様はあの場で彼女の治療を認めぬとまで言うたであろうが!そのような相手への感情など怨み(・・)しか残らんわ!」


 そしてヴィクトーリアは元からクラウスを好いてはいなかった。それでも彼女の方からはそれなりに歩み寄る姿勢を見せてはいたが、クラウスの方が一切受け付けようとしなかったのだから、彼女だって好きになりようがない。そもそも最初から処置なし(・・・・)である。

 俗に言う『後悔した時にはもう遅い』というやつだ。


「わ、分からないではないですか!?今からでも話し合えば、きっと!」


 そう吐き捨てて、クラウスは公王の許可も得ないまま執務室を飛び出していた。



 公城の広い廊下を駆け、階段を飛び降りるようにして降り、すれ違う人々にすべからく冷淡な目を向けられながらも、息を切らせてクラウスは公城の地下牢入口までたどり着いた。さすがに息が続かなくなり、それ以上動けなくなって大きく深呼吸する。そうして地下牢から漂ってくるかび臭い空気をまともに吸い込むことになり、激しく咳き込んで一旦その場を離れるしかなかった。

 地下牢の空気が届かぬ場所まで退避して息を整え、ようやくクラウスは地下へと降りる。クラウスの姿を見止めた牢番や刑吏が口々に公太子の赴くような場所ではないと止めてきたが、もはやそんなものに構ってはおれなかった。


 渋る牢番にヴィクトーリアの牢の位置を無理やり言わせ、そこまで案内するよう申し付ける。不敬にも今さら彼女に何の用だと言いたげな目を向けてきた牢番には腹が立つが、この際後回しでいい。後日処刑すればそれで済む。

 それよりも今はヴィクトーリアだ。


 そうして、ついに「あちらでさぁ」と牢番が指差す最奥部の牢へとたどり着く。


「ヴィクトーリア!喜べ、お前との婚約の破棄を特別に無かったことにしてや━━━」


 喜色満面で駆け寄り、牢から出してやってしおらしく感謝してくるいけ好かない(・・・・・・)長身女(・・・)の姿を妄想しつつ、わざと明るい声で呼びかけたクラウスのセリフは、だが最後まで放たれることはついに無かった。


「…………………………おい、牢番」

「へい、何でやしょう」

「ヴィクトーリアは、どこにいる?」


「へえ、それがですな」


「言え。どこにいるのだ?」


「もうおりません(・・・・・)でさぁ」


 クラウスの眼前、ジメジメとかび臭い、地下牢の中でももっとも劣悪な環境と思われる石牢の中身はもぬけの殻(・・・・・)であった。確かについ最近まで、というかたった今(・・・・)まで使っていた形跡はあるが、中には誰もいない。

 もちろん窓はなく、石壁にも天井にも床にも穴はなく、鉄格子も破損していない。


「だから、どこにいるのかと聞いている!」


「ついさっき、脱獄(・・)しちまいましてねえ」


 まるでよくあるちょっとした事のように、あっけらかんと牢番はそう言ってのけたのだった。


「な………!?」

「大変だぁ〜!」


 慌てたそぶりも見せない牢番に驚き、叱責しようとしたクラウスだったが、それに被さるように地下牢入口の階段の方から声が降ってくる。そしてすぐに慌ただしく走り回る物音や人のざわめきが地下牢の中にまで聞こえてきた。


 何やら胸騒ぎがして、クラウスはヴィクトーリアの入っていた牢を後にして地下牢入口の階段を駆け上がる。上りきった先で書類を抱えてオロオロしている官吏をひとり見つけ、駆け寄り声をかけた。


「おい、一体なんの騒ぎだ!?」

「あっ、こ、公太子殿下!?」

「私のことはよい!なんの騒ぎかと聞いている!」

「そ、それが………」


 言いよどむ官吏だったが、彼が答える前に廊下の向こうからそれは聞こえてきた。


「東方辺境伯、謀叛(むほん)!挙兵して公都へ攻め上ってくるぞぉ〜!」







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