『出会い、そして崩れ始める』
「君、可愛いね」
先輩からそう言われたのは僕にとって、とても衝撃的で初めて貰った言葉だった。
その時の僕はあまりに脆弱で、力がなくて、時間も、余裕もなかった。
圭吾から紹介されたのは、同じ中学の先輩だった、年は2つ上だ。
親友とは中学で知り合い、高校も同じ工業高校に進んだ、その後社会に出たが会社は違う所へ就職した。今でも、ときどき遊んでいる。先輩の事が二人の間で話題にならないのは暗黙の了解なのである。
ある日駅前の居酒屋で2人で飲んでいた時のことだ。
俺「お前って最近、恋愛とかどうなの?」
「俺ら工業高校出身だし、女の子と友達とか少ないよな~」
圭吾「俺は彼女いた事あるよ、俺らと同じ中学の部活動同じだった先輩。」
「まあ割と直ぐに別れちゃったんだけどね。」
俺「初耳だわ!俺でも彼女出来たことないのに、すげーな」
圭吾「来るか聞いてみる?」
「LINOしちゃおーっと」
俺「俺、女性耐性ないから全然話せないけど、まあいいか」
1時間後、彼女は来た。大学に行っていて、その帰りらしい。
先輩「やっほー。おまたせ。」
テーブルの周りには自分が体験したことないような大人の女性のいい匂いがした。
まるで蝶が羽ばたいたかのようなイメージが俺の心の中に広がっていた。よく分からないが、その時は新たな出会いに胸が踊っていたようだ。
とりあえず3人とも生ビールを頼もうとしたが、親友はビールが苦手なので適当にカクテルを注文した。
圭吾「こちら、芽依先輩。中学では部活動が一緒だったんだ、高校の時も偶然会って仲良くしてもらってた。あっ、今は彼氏いるから変な目でみるなよ?(笑)」
俺「宏明と言います。よろしくお願いします。 そんな目で見るわけないだろ.....?」
三人とも同じ中学だったので、あるある話など会話は弾みすぐにお開きの時間となってしまった。
先輩は俺の事を終始「かわいい」と言っていた、可愛いともかっこいいとも言われたことの無い人生を送ってきたので、少し違和感を感じたが、とりあえず「ありがとうございます」と言っておいた。
芽依先輩は二十二歳、俺よりも二つ歳が上だ。中学では剣道部に所属していて、部長もやっていたらしい。好きな動物は猫で、特に好きな種類はないが黒い猫が好きらしい。写真も3人で撮っていたのでLINOで送って貰うために友達追加もしてもらった。
翌日起きたらLINO(個別チャット)が来ていた。
「昨日はありがとう!とても楽しかったよ、また来週良かったら呑まない? 」
俺の周りの友達はお酒がみんな好きではなかったので、呑み仲間が出来たと思ってすごく嬉しかった。
先輩と俺で店と予定の日付を決めてしまって、親友も誘ったのだが、親友は元カノという事もあり嫉妬してしまったようで、「行くの辞めるわ」と返信が来ていた。なんだか悪い事したかな。と思っていたが、俺は三人以上で話したりするのが苦手な方なので、サシの方が正直いいと思っていた。
呑み当日、先輩は前会った時より可愛らしいコートを羽織ってナチュラルメイクをしていた。女性と二人で会ったりするのは無縁の生活を送っていたので、緊張で少し声が震えた。
俺「一週間ぶりですね、先輩。」
先輩「じゃあ、お店に入ろっか。」
前回と会った時は最寄りの駅前のお店だったのだが、今回は五駅離れたビルの三階にある大衆居酒屋に入った。有楽街にあるそのお店の周り賑やかながらも、中に入ったらとても静かでリラックスできた。
俺「先輩何呑みます?」
先輩「私はとりあえずビールかなぁ?」
俺「俺はワインが好きなのでワインにしますね。」
先輩「えっ、いきなり高度数のアルコールで大丈夫?」
少しカッコつけてしまい、しかもボトルで頼むという凡ミス。何やってるんだろうと後から思った。
先輩「好きな人とかいるの?」
俺「えっ、突然ですね。今はいませんよ。ちょっと過去に恋愛失敗して、当分はいいかなーと思ってしまっていたところです。」
俺「先輩は彼氏いるのに俺と二人で会ったりして大丈夫なんですか?」
先輩「私、彼氏いるけどもっと遊びたいなーと思ってるんだよね!」
俺「そうなんですね。今日は呑みましょ!」
話が暗くなりそうな予感がしたので気晴らしに二人でワインを呑みほした。
会話はかなり弾んでいたが、終電が近かったので帰ろうか。という話になった。
店を出たら案の定人混みで車通りも少しあった。
最寄りの駅までは歩いて15分くらいの距離にあってそこまで歩いて行かなければならなかった。
ふと車道側を見た時に、タクシーが凄いスピードで迫って来た。先輩が道路側に歩いていて、轢かれそうになったので思わず、「先輩!危ないです!」と言って抱き寄せてしまった。抱き寄せたという表現は語弊を産むかもしれないが、この時はその表現が正しいのかもしれない。
少しふらっとした。ワインをかなり早いスピードで、呑んでいたのでかなり泥酔状態だった。
先輩「手冷えちゃった。温めてよ」
と言い、俺のコートのポケットに手を入れ重ねた。
泥酔状態だったながらにもドキドキしてしまっていた。帰る頃には歩くのもやっとの状態だったので、駅に着くまでずっと手を繋いだままだった。
先輩の手は温かく、柔らかかった。そして、優しかった。
先輩「ばいばーい!(別れ際も満面の笑みだった)」
俺「さようなら。」
それぞれ、親の迎えで帰った。
帰ったあとも手の感触が消えなかった。
こんなことしてて彼氏さんに悪いなとも思ったが、恋愛全敗してきた俺からしてみたら、少しくらい良いよね。とも思えた。浮気は良くないとはよく言ったものの、その時の俺は仕事が、モラハラパワハラ当たり前で毎日精神的にかなり疲弊していて、一時期は死のうかと思っていたので、先輩は俺にとって癒しというかは救いの一部だった。たぶん先輩と出会っていなかったら俺はもうこの世に居ない。