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魔界の西側には最も陰湿で薄暗く、湿気でジメジメした世界が広がっていた。
他の魔界領土と違って生物がまともに住める場所では無く、濃過ぎる魔素が毒となって植物を死滅させていた。
そんな場所で住めるのは生きていない不死者だけだ。
そこを統治しているのは魔将軍が一人【不死王】ナタークだ。その二つ名の通り、彼は不死である。
無数の不死者を生み出し、支配する彼は今ではその軍事力は魔界随一と言っても良く、軍事力だけで言えば他の魔将軍を軽く凌駕していた。
そんな彼の部屋は魔族らしい、悪趣味を突き詰めたような部屋である。
その部屋にある机や椅子、タンスなどは最高級のアンティークで統一されており、中には音楽をかける魔道具まで設置されておりとても小綺麗そうに見える。
「…………助、けて」
「……もぅ……やだ……」
「殺して…………」
ナタークの部屋では、呟き程度の呻き声が常日頃から部屋のあちこちから聞こえるのだ。
そこには彼が過去に殺して来た敵の首が飾られていた。その中には元部下だったものも多く、ほとんどが白骨化しているが今も魂だけは死体に縛り付けて、「解放してくれ」と泣き叫ぶ様を眺めるのがナタークにとって最高の快感を感じる時間だ。
つい先日もAランク冒険者の首を取り、壁に飾ったばかりである。醜く腐って行く様は何度見ても愉快なものだった。
しかし、今はお気に入りのコレクションを眺める暇もないくらい狼狽していた。
「馬鹿な! 私の屍が全員消されただと!?」
怒りに身を任せて机に拳を叩きつける。
いかに後衛職の死霊術師と言えど、やはり魔族だ。
時価にして金貨一万枚を超える価値はあるだろう年代物の机は簡単に粉々に砕け散り、部屋に書類が散らばる
今、彼は遥か遠くに配置していた己の眷属達が破壊された事を感じ取っていた。
冒険者の街ダイナを焼け野原に変える為にコツコツと集めた屍どもーーーーその数は一万を軽く超え、一万五千にまで到達していた。
それが一瞬で殺られた。比喩表現などでは無く、本当の意味で一瞬で、だ。
「これでは私の計画が進まないではないか!」
ナタークは遥か昔から、魔王様復活の為の作戦以外にもう一つ別の作戦を立てていた。
それは自分の軍事力を強化し、他の魔将軍を蹴落とす為の作戦である。
人間共を【感染】を駆使して不死者へと変え、強力な個体を駒にして他の魔将軍を殺してその席を奪い取るのだ。そうすれば魔将軍の席は私だけとなり、魔王様のご寵愛も一身に受ける事が出来る。
何と素晴らしい作戦なのだ。
しかし、それを突然の異常事態に邪魔をされてしまった。
「アルフレッドよ!」
「はっ」
ナタークの右腕にして忠実な部下、千魔将【首哭のアルフレッド】を呼び出した。どこに控えていたのか、音も無く目の前に現れる。
「計画は先送りにする。お前は私の眷属達が破壊された原因を探り、私に知らせよ」
「はっ」
次の瞬間には目の前から消えていた。
この迅速な行動こそが、ナタークがアルフレッドを右腕に選んだ理由である。
「フンッ」
怒りを鎮める為に百年ものの葡萄酒をグラスに注ぐ。香りと味を楽しんだ後はゆっくりと喉に流し込んだ。
そんな中で思案する。
一体誰が屍を壊したのか?と。
あそこの街は確かに冒険者の街などと呼ばれてはいるが、強い冒険者はいないはずだ。
Sランク冒険者の【鉄壁】が唯一、危険な存在ではあるがあれは集団戦は向かん。いくらSランクと言えども、一万五千の軍勢を一瞬で消滅させることなど不可能だ。
ならば街の冒険者が全員動いたか? それこそあり得ない。そこまで大々的に動けば報告が入るように仕組んでいるのだから。
だが、そうなると別の理由が思い浮かばない。
「ん? いや、待て。確かリリビアが殺られたと……。確か名前は、シルヴィア」
最年少最速でBランク冒険者になった小娘だったか。
魔王様の右腕を封印する遺跡を奪った小娘が、また私の計画を邪魔した? これは偶然か? いや、違う。
「ファラスを呼べ! 緊急会議を行う!」
普段は静かで陰湿なこの怨霊の里は少しずつ騒がしくなって行った。
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