夢と羽根獲り
これは、「翡翠と赤の海外視察」のおまけ的な続きの短編です。
金の貴公子に視点を当てた、BLな御話です☆
其処は真っ白な花畑だったか。
星の巡る宇宙だったか。
金の貴公子は、居た。
咄嗟に、あの人の名前を呼ぶ。
呼んで、探す。
「主!! 何処だ?!」
主!!
此処が何処かも判らない儘、必死に彼を探す。
突然、ザア・・・・と風が吹いた。
金の貴公子の脇を、心地良い香りが通り過ぎて行く。
後ろ姿が見える。
飛んで逝く愛しい人の背中が・・・・。
「主!!」
離れて逝く翡翠の背中に、金の貴公子は黄金の翼を広げる。
「待てよ!! 行くな!! 逝くなよっ!!」
だが其の背中は、どんどん遠ざかって逝く。
誰よりも愛しい人の背中が・・・・。
此の儘、あの背中を見失ってしまったら・・・・彼を失ってしまう!!
それだけは・・・・嫌だ!!
金の貴公子は、めい一杯腕を伸ばす。
伸ばして・・・・
「主!!」
己の声に、はたと目が覚めた。
朝。
カーテンから、まだ青い光が漏れている。
「何だ・・・・夢・・・・か」
夢で良かった。
まるで、あの人が先に・・・・逝って・・・・
「帰って来るんじゃん!! 今日!!」
金の貴公子はガバリと起きた。
今日は、視察に行っていた翡翠の貴公子が帰って来る日だ。
「早く着替えよう!!」
金の貴公子は部屋の凍り付く空気に震え乍らも、寝台から跳び下りた。
翡翠の貴公子を待ちに待っていた金の貴公子は、満面の笑みで彼を迎えるつもりだったが、
予想外の珍客に呆然となった。
館の主が連れて帰って来た客は、なんと異種だった。
それだけでも驚きであったが、金の貴公子が言葉を失ったのは、
客で在る兄の皓月の貴公子のふてぶてしい態度だった。
にこりと笑顔で挨拶をする青銀の髪の弟とは真逆に、
長い銀髪の兄の皓月の貴公子は愛想笑い一つしない。
そして、ちらりと金の貴公子を見ると、ふん、とあからさまに鼻で笑い、
二階へ続く階段を上がって行ったのである。
其の明らかに自分を侮蔑した態度に、金の貴公子は呆然とすると、直ぐ様、苛々してくる。
だが二ヶ月振りに見る翡翠の貴公子は黒く髪を染めていたものの変わらず美しく、
金の貴公子は彼の部屋について入ると、顔が緩んで仕方なかった。
懐に仕舞っていた金袋や、ポケットに入れていた物を机に出している翡翠の貴公子に、
金の貴公子は近付くと、
「主、おかえり~~!!」
弾む声で言う。
「ああ」
其のそっけない変わらない返事が、金の貴公子の胸をきゅんとさせる。
ああ、もう・・・・此れだけでいいと思う。
此れだけで・・・・。
金の貴公子の胸は満たされていた。
待ちに待った愛し人が・・・・帰って来たのである。
此の日の夜は、二人の客人と共に食卓に着いた。
普段ならば溜りに溜った御喋りを始める金の貴公子だが、
翡翠の貴公子も二人の客人も黙々と食事をするので、声を出す事が憚られた。
そして一言も喋らないまま夕食が終わると、翡翠の貴公子はさっさと自室へと戻ってしまった。
いや、其れはいつもの翡翠の貴公子の行動の一つであり、特に珍しい事ではないのだが。
だが旅から戻ったばかりで疲れているかも知れないと金の貴公子は思い、
取り敢えず自分も大人しく自室に戻る事にした。
だが、そんな金の貴公子の気遣いなど無下にするかの様に、
皓月の貴公子はノックもせずに翡翠の貴公子の執務室に入って来ると、
「翡翠の貴公子。一緒に酒でも飲まないか??」
図々しく言ってくる。
つまり酒を用意してくれと言っているのである。
翡翠の貴公子は一旦部屋の奥に行くと、手に長棒を持って戻って来る。
「悪いが、身体を動かして来る。酒は用意させよう」
そっけなく一人で飲んでくれと言う翡翠の貴公子に、皓月の貴公子は笑う。
「そなた、見かけによらずガテン系なのだな」
細い身体の割りには、しっかりと筋肉がついていた彼の身体を思い出す。
翡翠の貴公子は無言で部屋を出て行こうとしたが、ふと振り向くと言った。
「もし金の貴公子が来たら、道場へ行ったと伝えてくれ」
皓月の貴公子は頷いた。
「伝えておこう」
其れ以上は何も言わず、翡翠の貴公子が部屋を出て行くと、
皓月の貴公子は長椅子に座って口の端を釣り上げる。
旅から帰ったばかりだと云うのに、実にタフな男だなと思う。
一月前までスウィンの自分の館で死に掛けていたとは、とても思えない。
あの時は今にも壊れそうな程に細い肩をしていると思ったが、どうやらそんなに、
か弱くはない様だ。
其れが又、皓月の貴公子には妙に魅力的に思えた。
其処へノックと共にメイドがワインボトルとグラスを載せた盆を持って来ると、
グラスをテーブルに置いて赤ワインを注ぎ、一礼して出て行く。
其の酒を一人悠々と飲み乍ら考える。
きっと、これから、愉快な事がわんさか待ち構えているのだろう。
何せ此のゼルシェン大陸では、異種は貴族同等の地位を持っているのだ。
闇医者だった自分が貴族同等の地位を得るとは、一体どんなものだろうか??
其れを想像すると、皓月の貴公子は酷く可笑しくて仕方なかった。
其処へノックも無く、ガチャリと扉が開かれると、
「主~、寝た~??」
夜着にガウンを羽織った、満面の笑みの金の貴公子が入って来る。
だが部屋で寛いでいる銀髪の男の姿を見るなり顔を強張らせる。
「な、何で、御前が此処に居るんだよ?!」
指を差して怪訝な声を上げる金の貴公子に、
皓月の貴公子は長椅子の背に寄り掛かって足を組んだ格好で飄々と言う。
「見ての通り、酒を飲んでいる。此れは此の大陸の北部の酒だな。実に旨い」
其の客人とは思えない横柄な態度に、金の貴公子は顔をしかめる。
「あ、主は、どうしたんだよ??」
「翡翠の貴公子か」
翡翠の貴公子は・・・・。
皓月の貴公子の口許が、にやりと笑った。
「翡翠の貴公子は、もう寝た」
さらりと言う、其れは嘘。
だが金の貴公子は馬鹿正直にも納得すると、
「あっそ。なら俺も寝ようっと」
じゃな、と、さっと部屋を出て行く。
そんな単純明快な金の同族に、皓月の貴公子はくっくと咽喉を鳴らす。
「生真面目な主と、阿呆な居候か」
此れは面白い。
「せっかく屋敷を手放して、此処へ移住して来たのだ」
十分楽しませて貰わなくては。
何より・・・・。
「何より、あの翡翠の男は美しい」
何もかもが自分好みの同族だ。
顔に似合わず肉体派なのが玉にきずだが・・・・いや、其れが又いいのか。
「まぁ、良い良い」
皓月の貴公子は一人、咽喉を鳴らして笑うと、
実に愉しげにグラスの中の赤いワインを揺らしたのだった。
翌朝。
昨日と同じく又、金の貴公子は早くに目を覚ました。
普段ならばメイドが朝起こしてくれ、暖炉に火を点けて窓のカーテンを開けてくれるのだが、
其の時間には、まだ少し早く、部屋の空気は冷えきっており、
閉められた儘のカーテンが青白く光っている。
「うう、寒い」
金の貴公子はもそもそと寝台から下りると、ガウンを羽織り、
羊毛のもこもこのルームシューズに足を突っ込むと、部屋を出る。
向かう場所は決まっている。
翡翠の貴公子の執務室である。
朝起きたら彼の部屋で一緒に目覚めの珈琲を飲むのが、金の貴公子の日課だった。
だが此の二ヶ月、金の貴公子は一人きりの朝を過ごしていた。
視察の為に翡翠の貴公子が屋敷を空け、丸二ヶ月、実に寂しい朝を彼は送っていた。
だが、そんな日々も昨日で終わった。
今朝は、彼が居るのだ。
ノックもせずに、金の貴公子は扉を開け放つ。
「お・・・・」
おはよう!!
主っ!!
そう満面の笑みで叫ぼうとして、だが其れは声にならなかった。
パチパチと鳴る暖炉の傍で、翡翠の貴公子が椅子に座っている。
まだ起きたばかりなのだろう。
目元が少し眠そうだ。
髪の塗料は落とされており、翡翠色に戻っている。
其の彼の姿が余りにいつもの姿で、金の貴公子は一気に胸が熱くなり、
ぱくぱくと口を開閉させる。
すると暖炉に当たり乍ら、翡翠の貴公子が顔だけを向ける。
扉を開けたまま呆然としている金の貴公子を、翡翠の瞳が不思議そうに見る。
其の視線に漸く我に返って、金の貴公子は扉を閉めた。
「あ、あ、あ・・・・主!! おはよう!!」
必死に笑顔を取り繕い乍ら言うと、
「おはよう」
いつもの抑揚の無い声が返ってくる。
其の声に安堵感が胸に溢れると、金の貴公子はいそいそと椅子を暖炉の傍へ持って来て座る。
其処へ。
「失礼しま~す!! 珈琲御持ちしました~!!」
ノックと共にメイドが入って来る。
「あれ?? 金の貴公子様、もう起きられてたんですか~??」
「あは、ま、まぁね」
「直ぐ、金の貴公子様の分も御持ちしますね!!」
「う、うん」
メイドは小テーブルに珈琲を置くと、金の貴公子を見てにこにこして囁く。
「良かったですね!! 主様、帰って来られて」
「あ、あは、そ、そだね」
必死に照れ隠しで笑う金の貴公子をくすくす笑うと、メイドは部屋を出て行く。
そして漸く二人きりになると、沈黙。
内心、金の貴公子は焦る。
何か、何か言わなければ!!
自分が喋らなければ、此の人は喋らないのだから!!
沈黙でも全く構わない様子で珈琲を飲む翡翠の貴公子に、金の貴公子は話し掛ける。
「主、ゆっくり休めた?? 昨日、早くから寝てただろう」
翡翠の貴公子はマグカップから口を離すと、少し不思議そうに金の貴公子を見る。
「?? 寝たのは遅かったが、十分休んだ」
「ああ、そうなんだ。良かった」
笑顔で言い乍ら、「ん??」と金の貴公子は思う。
「あれ?? 昨日の夜、主の部屋行ったら、もう寝てるって言われたんだけど」
「?? 昨夜は遅くまで道場に居たが」
「ええ?!」
噛み合わない会話に、金の貴公子はなかなか状況が飲み込めなかったが・・・・はっとすると、
其の答を見付ける。
「あ、あ、あの野郎~~・・・!!」
あの男・・・・皓月の貴公子が嘘をついていた事が判明する。
金の貴公子は、ぎりぎりと歯軋りした。
「いけすかない奴だとは思ってたんだ!! 畜生、あの野郎」
がぶがぶと珈琲を飲みたかったが、生憎、自分の珈琲はまだ来ない。
翡翠の貴公子はと云うと、事態を理解しているのかいないのか、黙って珈琲を飲んでいる。
其れが何だか腹が立って、金の貴公子は言う。
「大体、何であんな奴、屋敷に連れて来たんだよ??」
すると又、翡翠の瞳が不思議そうに見返してくる。
「同族だからだが??」
其れは実に尤もな答だったが、金の貴公子は納得がいかなかった。
「そ、そりゃ、同族だからってのは判るけど、
太陽の館にでも行かせておけばいいじゃん!!」
「?? 何故、太陽の館だ??」
「此処の屋敷は狭いからだよ!!」
「ずっと置く訳じゃない。彼等の屋敷が決まる迄の間だ」
一体、何の問題が在るんだ?? と云わんばかりの目で翡翠の貴公子が見る。
金の貴公子は、ばつが悪くなって、声を荒げた。
「あいつ、絶対、性格悪いんだよ!! 屋敷に置いてたら何されるか判んないぜ!!」
「何故、そんな風に疑う??」
「疑ってるんじゃねぇっての!! 事実だよ!! 事実を言ってんの!!」
「・・・・・」
翡翠の貴公子は目の前の金の同族の言ってる意味が判らなかったが、真面目な顔で言った。
「俺は彼に助けて貰った。とても感謝している。だから俺に出来るだけの事はしたい」
だから、そんな風に言うな・・・・と翡翠の目が言ってくる。
其れが又、金の貴公子の癪に障った。
「何だよ、主!! 俺の気持ちは無視なのかよ?! 俺はなぁ!!
ずっとずっと此処で、留守番してたんだぞ!!」
何やら論点のずれた事を喚いてくる金の貴公子に、翡翠の貴公子は暫し黙ると突然立ち上がった。
そして、
「直ぐ着替えて来い」
短くそう言うと、着衣室へ行ってしまった。
其の予想もしなかった翡翠の貴公子の行動に、金の貴公子は豆鉄砲を食らった鳩の様な顔になる。
「え・・・・主、怒ったのか・・・・??」
朝っぱらから自分に喚かれて、怒ったのか??
それとも客人の事を悪く言われて、怒ったのか??
しかし、そうだとしても何故、着替えて来なければならないのだろうか??
金の貴公子は酷く狼狽したが、取り敢えず言われた通りに着替える事にした。
自分の部屋に戻ると適当にクローゼットの中の服を選んで、いそいそと着込み、靴を履き替え、
翡翠の貴公子の執務室に戻って来る。
すると翡翠の貴公子も着替えており、彼は窓辺へ行くと、大きく両窓を押し開いた。
冷たい朝の空気が部屋に吹き込んで来る。
一体どうしたのか翡翠の貴公子は窓辺に上がると、己の翼を解放した。
目映い翡翠の光が迸ると額に翡翠の紋が浮かび上がり、美しい翡翠の翼が広がる。
金の貴公子は訳が判らなかった。
ただ久し振りに見た彼の翡翠の翼に、思わず見惚れてしまう。
翡翠の貴公子は窓に上がった状態で、自分の翼から一枚の羽根を引き抜いた。
そして金の貴公子を見て言う。
「『羽根獲り』でもするか??」
翡翠の貴公子の掌がポウと光ると、羽根が小さな光の球に包まれる。
「羽根獲り・・・・?? 何?? どうするんだ??」
疑問に首を傾げ乍らも金の貴公子が窓辺に来ると、翡翠の貴公子が微笑する。
「ただ、此の羽根を捕まえるだけだ」
そう言うと、翡翠の貴公子は手の中の光の球を勢い良く空へ向けて投げた。
と同時に、翡翠の貴公子も窓辺から飛び立つ。
「わ、わ、わ!! 主、待って!!」
金の貴公子も慌てて己の翼を解放すると、窓辺へ上がる。
額に金の紋が現れ、黄金の翼を羽ばたかせて翡翠の貴公子の後を追う。
二人はぐんぐん空を昇って行くと雲を突き抜け、まだ薄青い空の下へと出る。
其の途端、
ヒュン!!
と光の球が金の貴公子の頬を擦り抜けて行った。
漸く金の貴公子は理解する。
羽根獲り・・・・つまり、羽根を球にしたあの光を先に捕まえた方が勝ちなのだ。
途端に金の貴公子の顔が笑顔になると、
「待てーー!!」
黄金の翼を閃かせ、後を追う。
光の球は凄い速さで水平に飛んで行く。
金の貴公子も翼の速度を上げると、うんと腕を伸ばし、球を掴もうとする。
「よっしゃ!!」
届いた!!
そう思った途端、彼の手は空を掴んでいた。
今し方まで水平に飛んでいた球が直角に上へと奔って行く。
其の後を、ザッと翡翠の貴公子が追い掛ける。
「うおっ!! あんな動きすんのか!!」
一瞬目を瞠ったものの金の貴公子は口の端を釣り上げると、直ぐに後を追った。
「うおおおお!!」
かつてない程に金の貴公子は翼の速度を上げる。
翡翠の貴公子に追い付くと、二人は並んでどんどん上空へと昇って行く。
其れが清々しい程に気持ちがいい。
金の貴公子は、ちらりと隣の翡翠の貴公子を見る。
猛スピードで空気を切っていると云うのに、彼の顔は涼しげだ。
一体、自分と彼とでは、どちらの翼が速いのだろう??
こうなったら主より速く飛んで、球を掴んでみせる!!
そう思って、金の貴公子は更に翼の速度を上げた。
其れに反応した様に光の球は又、直角に曲がると、今度は左へと猛飛行する。
だが、
「読めてたぜ!!」
金の貴公子は其れを予想しており、鋭く身体を方向転換して球を追う。
其の後に翡翠の貴公子が続く。
視界の端で彼を感じ乍ら、金の貴公子は笑った。
彼より腕半分先を自分が飛んでいる。
ならば今度こそ・・・・!!
「とっ・・・!!」
金の貴公子の手が、今度こそ球を掴もうとした時だった。
ぶわり!! 旋風が巻き起こったかと思うと、金の貴公子の翼が大きく横へと流される。
「うわ!! な、何だっ?!」
何とか身体を宙に留め、金の貴公子がきょろきょろしていると、翡翠の貴公子も宙で止まり、
笑い乍ら言う。
「捕まえるには、翼も神力も使う」
金の貴公子は知っていた。
翡翠の貴公子が口の端で笑う時は、本当に楽しい時なのだと。
滅多に見られない彼の笑顔に、
「な・・・るほど、ねぇ!!」
金の貴公子も一層楽しくなって笑った。
「だったら俺だって容赦しないぜーー!!」
球を目指して金の貴公子が又一気に飛ぶと、翡翠の貴公子も直ぐに追って来る。
飛び乍ら考える。
相手の行動を神力で阻むとしても、金の貴公子はろくに神力を使った事がない。
姿を消す光迷彩ならば得意だが、流石に其れは卑怯かも知れない。
そうこう考えている内に翡翠の貴公子が金の貴公子を追い抜いて行くと、
更に翼の速度を上げて球の前へと回り込む。
球は其れに対応出来ず、翡翠の貴公子へと突っ込んで行く。
確実に翡翠の貴公子が球を捕まえる筈だった。
だが。
金の貴公子の右手が一瞬光ったかと思うと、空一帯がパアッと真っ白になる。
突然、視界を奪われ、余りの眩しさに翡翠の貴公子は目を瞑った。
其の僅かの間に球は軌道を変えると、翡翠の貴公子の脇を奔り過ぎて行く。
其れを追って金の貴公子も横を擦り抜ける。
「・・・・・」
翡翠の貴公子は宙で停止した儘、漸く目を開けると、何度も瞬きをする。
「へへーん!! どうだ~~!!」
どんどん離れて行く金の貴公子が大声で笑う。
今し方の光は、金の貴公子が神力で起こした光の技だ。
光を爆発させ相手の視界を奪い、相手の動きを封じる・・・・
光神の金の貴公子だからこそ出来る技だ。
「やべぇ。すっげぇ面白ぇぇ!!」
やっと視界を取り戻して後を追って来る翡翠の貴公子に、金の貴公子は楽しくて仕方なかった。
翡翠の貴公子は又直ぐに金の貴公子の横に並ぶ。
其れに負けじと金の貴公子は更にスピードを上げる。
二人の翼の全力疾走だ。
其の二人から逃れようと、光の球は今度は直下する。
だが二人の身体も直ぐに方向転換すると、下へと勢い良く降下する。
金の貴公子は高速で飛ぶのに身体が慣れてきたのが判った。
最初は今まで出した事もない速さで飛ぶ事に少し戸惑いが在ったが、
実際に遣ってみると案外思う様に飛べる事に感動していた。
そして今まで殆ど使う事のなかった神力を使う面白さ。
金の貴公子は再び右手から光を爆発させる。
だが今度は翡翠の貴公子の身体は止まらなかった。
見ると固く瞼を閉じている。
同じ手には引っ掛からないと云う事だ。
其れが又、金の貴公子は面白いと感じた。
翡翠の貴公子は目を開けると、一気に速度を上げる。
球はどんどん直下し、雲海に突入するかに見えた。
が、雲に当たる寸前で直角に曲がり、今度は雲の上を水平に奔って行く。
二人も雲に当たるぎりぎりで方向転換すると、雲の上を猛飛行する。
だが、まばらに広がる雲が視界を邪魔して、金の貴公子は直進し乍ら左手で顔を守る。
隣の翡翠の貴公子も同様にして飛んでいる。
二人は顔を庇い乍ら右手を伸ばすと、雲を蹴散らして光の球へと迫る。
あと、もう少し・・・・あと、もう少し・・・・!!
あと十センチで捕まえられる!!
其の時だった。
金の貴公子の脳裏に映像が過った。
其れは今朝見た夢・・・・。
金の貴公子の翼の速度が途端に落ちる。
其れを見計らったかの様に、翡翠の貴公子の手が光の球を掴む。
と同時に、金の貴公子も掴んでいた。
球ではない・・・・翡翠の貴公子の腕を。
「逝くな!!」
金の貴公子は叫んでいた。
「主、逝くな!! 俺より先に逝くな!!」
金の貴公子は切羽詰まった表情で、翡翠の貴公子の左腕を掴んでいた。
翡翠の貴公子が吃驚した様に見返す。
「どうした??」
其の聞き慣れた愛しい声に、金の貴公子は我に返った。
ぱっと翡翠の貴公子の腕を離すと、金の貴公子はしどろもどろになる。
「あ・・・いや・・・・今日・・・・夢で・・・・その・・・・」
言葉が続けられず、金の貴公子はあわあわと手足をばたつかせたが、突然、
感情が溢れてきて大声で叫んだ。
「俺は・・・・ずっと・・・・ずっと寂しかったんだ!!」
寂しかったんだよっ!!
と・・・・。
「主・・・・ずっと居なくて・・・・俺は・・・・俺は寂しかったんだ!!」
「・・・・・」
「行くなよ!! もう、何処にも行くな!! 逝くなよ!! 先に逝くなっ!!」
「・・・・・」
取り留めのない感情を撒き散らす金の貴公子に、翡翠の貴公子は驚愕の表情をしていたが、
手の中の羽根を消すと、真っ直ぐに金の貴公子を見て言った。
「御前が留守番をしていてくれて、本当に助かった。礼を言う」
そして、
「長い間、一人にして済まなかった」
ぶつけられた其の感情を受け止める様に、いつもの静かな口調で言った。
其の優しい言葉と愛して止まない翡翠の眼差しに、金の貴公子は涙が込み上げてきたが、
辛うじて堪えると、白い歯を見せて笑った。
ホホウ。
白銀の梟が空から舞い降りて来ると、窓辺に立つ皓月の貴公子の前で、すう・・・・と消えた。
皓月の貴公子は窓を閉めると、暖炉の前へ行き椅子に座る。
そして、くすくすと咽喉を鳴らして笑う。
「どうやら、私の恋には恋敵が多い様だ」
あの金の同族は阿呆にしか見えないが、随分と翡翠の同族の心を占めている様だ。
「だが其れも又一興」
恋路に障害は付き物だ。
其れを楽しんでこそ、恋の醍醐味を味わえると云うものだろう。
皓月の貴公子はテーブルの上の空のマグカップに目を落とすと、ベルを手に取る。
「さて・・・・朝食の催促でもするか」
彼がチリリと音を鳴らすと、間も無くして食堂へと案内された。
食堂には自分の弟と、御目当ての翡翠の同族と、阿呆な金の同族が揃い、
それは幸せそうに食事をする金の同族が面白おかしくて、彼の食は進んだ。
翡翠の館は主の居るいつもの空気を取り戻したものの、暫し珍妙な客に振り回されるのだった。
この御話は、これで終わりです。
金の貴公子の翡翠の貴公子への気持ちが伝わったでしょうか?
そして緩く伏線の御話でも在るので、
頭の片隅にでも覚えてて戴けたら幸いです☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆