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忘れな草の君

ご覧いただきありがとうございます。

のんびり不定期投稿、なおかつプロットも未完の小説ですので、途中で設定の変更・改稿などあるかもしれませんが、それらも含めて一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

気軽に感想お寄せ下さい。

──日の光を含んだような、溢れるような金髪が、目の前を横切った。


「大丈夫?」


 振り向いたその人は、忘れな草色の瞳をしていた。

 わたしはその瞳に、心臓を打ち抜かれた。


 *


 毒々しい魔物の血のついた剣を一振りしてから、鞘に戻す。魔物をわたしの視界から隠すようにして立ちながら、その人は問うてきた。


「君、一人?」

「は、はい。」


 答えると、その人はうーん、と唸って前髪をかき上げた。横を向いて短く思案した後、乱れた前髪を整えようともせずに、またこちらを振り向く。

 精悍そうな光を湛えた瞳に、見惚れる。


「じゃあ、一緒に行こうか。」

 

 実にさっぱりとした提案だった。そしてこの上なく有り難い申し出だった。ルナティアの心は浮き立った。


「い…いいんですか!?」

「うん。いいも何も、こんな所を、か弱い女性を一人で歩かせるわけにはいかないからね。」

 

 そう言ってその人はにこりと微笑んだ。感じのいい、太陽のように暖かい、それでいて信頼できそうな強さを感じさせる笑顔だった。

 その笑顔だけで、ルナティアは彼を信用した。


「ありがとうございます…何とお礼を言ったらいいか…私、すっごく心細かったんです!こんな所で、一人で…。

 良かった。あなたなら、信頼できそうだわ。」

 

 自然と笑顔になり、口も饒舌になる。そんなルナティアに対して彼は口元を綻ばせると、実にシンプルな所作で歩き出した。


「行きましょうか、お嬢さん。」


 そんな言葉もとても自然だ。


 ──やばい…素敵…!


 浮き立つような足取りで前を行く背中を追いかけながら、ルナティアは高ぶる気持ちのまま、彼に尋ねた。


「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」


 きっと今、目はハートになっている。


「わ、わたしは、ルナティアっていいます。皆はルナとかティアって呼ぶんですけど。

 …あなたは?」


 息を弾ませながら問うティアに、彼はちらりと視線を向けると、短く「ジーク。」と答えた。素気ない雰囲気はない。むしろ足取りはゆっくりで、横顔からは穏やかな表情が窺える。

 彼女の必死なアピールが伝わったのか、彼もティアに対し興味を示してくれたようで、続けて、 


「君はどうしてこんな所に?おつかいか何か?」


 と訊いてきた。


「はい、まあ…そのようなものなんですけど。」


 どう説明すればいいのか、少し口ごもってしまう。しかし、彼は特に気にしていないようだ。


「じゃあ、この森の中はあまり通らない方がいいな。もう一つ、道があったと思うんだけど。村の人や商人がよく利用する道だよ。」


「はい…私もそこを通ろうとしたんですけど、なんだか変な人たちがいて、道を塞いでて。昼間なら森の中もそんなに危険じゃないかなって。」


 そこで彼は眉を顰めた。


「変な人?…盗賊?」

「いえ…わからないんですけど。」


 ティアは困惑して首をふる。


「うーん…こんな小さな村にも賊が出るのか。…まあでも、いくら昼間だからって、完全に危険がないわけじゃないから。私が見つけて良かったよ。」


 彼はひとしきり深刻な顔をした後、気を取り直したように笑顔を向けた。


「はい…あの、ジーク様は、どうしてここに?」

「──ぷっ」


 上擦った声で尋ねたとたん、彼は吹き出した。手を口に当てて、上品な感じではあるが、心底おかしそうに笑っている。

 突然の彼の変貌ぶりに、ティアは目を白黒させた。


「あ…あの?」


 ティアの戸惑う声を受けて、彼は涙目をこちらに向けた。

 待ってくれというふうに右手を挙げながら、くつくつと笑いを堪えている。


「──いや、ごめんごめん。おかしくって。ジークでいいよ。」

「へっ!?」

「だから、私のことは、呼び捨てで。」


 そこでようやく、彼が自分の呼び方に笑ったのだと気が付いた。


 ジーク様、と。


 彼から滲み出る何となく高貴なオーラに感化され、つい様付けで呼んでしまったのだが。

 それにしても彼は結構な笑い上戸であるようだ。まだ少し、押し寄せる笑いの波に堪えるような様子を見せている。


「あ、あのじゃあ……ジーク。」


 いささか照れながらティアは言ってみた。綺麗な名前である。そして強い。彼が自分より年上であることは間違いないので、こんな風に呼んでいいものか少し不安であったが、ジークは穏やかな笑みで応じてくれた。


「うん。私はちょっとこの森で、遊んでた…というか、修業かな、うん。」

「修業?」

「そ。だから特に何か用事があったわけじゃないから、遠慮しないで。」


 そうだ。この人は、剣士なのだ。それも多分、かなり腕の立つ。


「君は…神官?」


 彼は少し訝しそうに、ティアの服装を見ながらそう尋ねてきた。首を傾げるようにしてこちらに向けられた忘れな草色の瞳が淡い光を含んで、とてもきれいだ。

 高鳴る胸を抑えつつ、ティアは微笑んだ。


「いいえ。法術士です。」

「法術士?」


 ジークは軽く目を見張った。


「へえ。すごい。」


 そして本当に感心した様子で、まじまじと見つめてくる。

 ティアは照れた。そして誇らしくもあった。法術士と言えば、誰もが似たような反応を返す。一目置かれる存在なのだ。ようやくこの名を名乗ることが許されるようになったのである。嬉しさと感慨をかみしめ、思わず口元を緩ませた、その時──


 すい、と肩に手が添えられた。


「え?」


 同時に隣を歩いていた足が止まる。つられて、彼女も足を止めた。そのまま静かに肩を引き寄せられて、ティアの身体は、まるで守られるようにするりと彼の懐へ入り込む。


「ジーク?」


 添えられた腕の下から、見上げるようにして問えば、彼は真剣な瞳を森の奥へと向けていた。彼女もそちらに目を向けるが、何も変化は見られない。しかし。


「ごめん…うっかりしてた。これは…完全に囲まれてるな。」


 そう言うジークの声色には、しっかりと緊張が滲み出ている。ティアを脇に抱いたまま、ジークが剣を抜いた。

 衣擦れの音がして、彼が静かに構えるのを半身に感じた。身体の緊張が伝染し、ティアの身体も自然と固くなる。

 そのまましばらく辺りを睥睨し──気付けば森の中は不気味な程静まり返っている──息をすることも忘れてしまうような刹那。


 ひゅん、と矢が一本放たれた。


 ティアは息をのんだが、ジークはそれを片腕を振るって難なく弾いてみせた。きん、と澄んだ音が森に響き、勢いを削がれた矢が足元に落ちる。そして再び静寂が訪れた。


 心臓が煩うるさく鳴っている。ティアはすっかり取り乱していた。何しろ矢で狙われるなど、生まれて初めてである。必死で隣に立つジークの脇腹にしがみついていた。目を見開き、息を詰めて、前方を見据える。相変わらず森は静かだ。


 隣でジークが、更に腰を落とした。すぅ──と細く息を吸う音が耳に届く。ティアは必死で自分を落ち着けた。そして彼がぴたりと息を止めた、その瞬間。


 今度は大量の矢が、一気に二人に向かって飛んで来た。キンキンキンと連続的に音がして、すぐ側でジークがその矢を弾いているのがわかった。


「きゃあああっ」


 一呼吸遅れて、ティアが悲鳴を上げてその場に蹲うずくまった。矢は留まることを知らない。集中的に二人を狙ってくる。だが、そこには僅かに隙がある。それほど大人数で狙っているわけでもないらしい。それを見抜いたらしいジークは、矢が飛んでくる合間に、ぐっと前へ踏み込んだ。


「行くよっ」


 強くティアの腕を引く。ティアは引かれるがまま、転げるように前へ進み出た。頭の中が真っ白になっていた。


 そのまま茂みの中へ飛び込み、森の中をジグザグに駆け、飛んで来る矢を片手間に弾きながら包囲網の外を目指す。途中目の前に躍り出た敵にジークは全く怯むことなく、勢いを殺さぬままその敵を押し退けると、びびってたたらを踏んでいたティアを凄い力で引いて再び走り出した。

 彼一人なら、きっといともたやすくこの包囲網を突破出来ていたことだろう。ティアは自分が足を引っ張って重荷になっていることを自覚し涙が出そうになった。


 ぼやける視界の中、森の中を縦横無尽に、どこをどう走ったのかわからぬまま、やがて二人は喧騒も遠のいた、暗い巨木の根元に辿り着き、そこへ腰を下ろした。


「…ふう。ここまで来れば、もう大丈夫。思った程、大した奴らじゃなかったなあ。ねえルナティア、あいつらって、街道を塞いでたって連中と──ティア?」


 ジークの声が遠く聞こえる。頭がガンガンして、瞼が重い。視界がぼやける。


「ティア?ティアッ!!」


 呼びかけるジークの声を最後に、ルナティアは意識を失った。

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