○○食主義者
「信じられない! 貴方がそんな人だったなんてっ」
ディナータイムのレストランで、一人の女が声を張り上げた。同席していた男だけでなく、周囲の客やウエイターも一斉に女の方に目を向けた。
「こんな店に連れてきて変だと思ったのよ、この最低男っ!」
「まあ落ち着きなって」
「私たちのしていることがまだ世間ではマイナーだってことくらいは分かってる。でもねぇ、こんな侮辱を受けるいわれはないんだからっ」
宥める男の手を振り払い、女はヒールを鳴らしてレストランから出て行った。
後に残されたのは、男とテーブルの上の料理だけだった。料理はまだ運ばれてきたばかりで、湯気がたっていた。
男は訳が分からないという顔で、料理に目を移した。
並べられた料理は植物性ハンバーグにコーンポタージュ、マーガリンが添えられたパン。
環境啓蒙活動に熱心な彼女に合わせた、環境に配慮した食材ばかりの完全植物性メニューだった。
男はそこまで環境問題について詳しくなければ完全菜食主義者でもなかった。トレーニングジムで飲むドリンクは乳タンパク質由来だし、同僚と培養肉のステーキを食べに行くこともあった。
それを我慢して、彼女をディナーに誘ったのだが、何か気に入らないことがあったらしい。
男は気まずい思いをしながらも、折角なので運ばれてきた料理に手をつけた。慣れない代用肉は味気なかった。
一人寂しく家に帰った男は合成ビールで晩酌しながら端末でニュースサイトを眺めていた。
ふと、新着に環境系のニュースが飛び込んできた。
『植物にも権利を!』
植物は外部ストレスによって毒素等を生産することが知られている。それがストレスを受けた箇所だけでなく全体へと影響を与えることから、これを「痛みによる反応」と考え、植物にストレスを与えない生産活動を求める環境団体の活動が活発化している。これら団体の活動は従来の完全菜食主義者に通ずる点もあるが、彼らは植物の栽培自体も認めていない。
彼らが食事として認めるものは、細胞培養技術で製造されたアミノ酸と廃棄される細胞体――所謂、【酵素パウダー】として流通している健康食品のみだ。彼らはこれらが「現状人類が最も環境に配慮した食料」であると主張し、サプリメントバーと酵素ドリンクそれから水のみを口にしている。
その食生活から、世間では彼らのことを【培養食主義者】と呼びはじめている。
「あー」
男は思わず声を漏らした。
男の右手には、酵素パウダーから製造された合成ビールの缶が握られていた。
「飲みに連れて行けばよかったのか」