移送作戦・当日・上【11】
(今はそんなことを考えている場合では無いな)
オルキデアは頭を振って、それを追い出すと先を歩く。このまま歩けば、もうすぐ北扉が見えてくるだろう。
既にオルキデアが保護している「記憶障害の民間人」を移送する許可は、プロキオンを通して軍部から得ている。
結局最後まで、アリーシャをオルキデアに任せたまま、プロキオンは一度も会いに来なかった。
信頼されていると思っていいのだろうか。
ただ単に、プロキオンが仕事で忙しかっただけという気もするが。
北扉の手前の警備の控え室から影になるところに、アルフェラッツが待機していた。
目が合ったオルキデアが頷くと、アルフェラッツはさっとセシリアの隣にやってくる。
一応、オルキデア以外の監視として、アルフェラッツを付けていると、警備に見せるつもりであった。
オルキデアが控え室前に立っている兵に近づいて行くと、オルキデアの姿に気づいた兵が素早く敬礼する。それにオルキデアは返礼すると、すぐに口を開く。
「申請していた民間人の捕虜を軍事病院に移送させる。書類は予め提出していた通りだ」
今日に備えて、オルキデアは予めアリーシャの移送を軍部に申請していた。
移送先の病院、移送方法、アリーシャの状態、病院での監視方法などーー全て関係者に依頼をして偽造してもらったが。を記した書類をプロキオンを通じて軍部に提出していた。怪しまれるところは何もないはずだった。
「ああ。今日だったな。休暇なのに大変だな……後ろの女性が例の?」
兵と共に後ろを振り返ると、アルフェラッツの隣でセシリアが俯いていた。
「そうだ」
「どこかで見たことがあるような気がするな」
ギクリとオルキデアは慌てそうになる。
息を吸ってお腹に力を入れると、「そうだろうか?」と何事も無い様に聞き返す。
「まあ、見間違いかもしれん。以前、当直明けの早朝に食堂に行ったら、同じ髪色の女性を見たからだろう」
「ああ……」とオルキデアは呟く。
その「以前」というのは、恐らくヤケ酒したオルキデアが、アリーシャに朝食を頼んだ日だろう。
アリーシャを朝早くに食堂に行かせたのは、その時だけだった。
「軍部では大勢の女性が働いているので、恐らくは」
「だろうな。そういえば、そっちもどこかで見た顔だったな。何で見たかな……テレビ? いや、新聞か?」
またもや、オルキデアの顔が引き攣る。
やはり、まだアリーシャことアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトの顔を覚えている者は少なからずいるようだ。
「そうだろうか……?」
「まあ、気のせいだろうがな」
そうして、兵はシュタルクヘルト語でセシリアに「お大事に」と言って、許可を出した。
案外、人の良い兵だったようだ。
セシリアは頭を下げると、アルフェラッツに連れられて先に出て行ったのだった。
「俺は移送が終わったら、そのまま休暇に入る。何かあれば部下たちに言付けを頼んでくれ」
それから、兵と二、三言葉を交わすとオルキデアも後を追って、北扉から外に出る。
北扉から離れると、そっと息を吐く。
(緊張したな)
肩に力が入っていた。柄にもなく緊張していたらしい。
初陣を除いて、戦場でさえここまで緊張したことはなかった。
(早くアリーシャの顔を見て、安心したいものだな)
何となく、アリーシャの笑顔を見れば、この緊張が解けるように感じた。
どうやらオルキデア自身も、アリーシャと離れて不安になっているらしい。
これでは、役目を果たしてアリーシャと別れた後ーー契約婚を解消した後が思いやられる。
北扉から離れたところに、二人が乗っている車を見つける。
既に先に外に出ていたアルフェラッツは運転席に座り、二人掛けの席を向かい合わせた後部座席には、セシリアが座っていたのだった。
オルキデアは車のドアを開けて後部座席に座ると、「待たせたな」と二人に声を掛ける。
「では、出発しようか」
それを合図に車のエンジンがかかって、ゆっくりと走り出す。
もう少ししたら、アリーシャたちも移動を開始するだろう。
(アリーシャ)
軍部を振り返ったオルキデアは、声に出さずにそっと名前を呼んだのだった。