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思い出した【1】

『お前、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだろう』


 クシャースラと一緒にオルキデアの部屋を片付けている間も、アリーシャの頭の中ではその言葉がぐるぐると渦巻いていた。


(アリサ・リリーベル・シュタルクヘルト……)


 コーヒーを貰いに、オルキデアが付けてくれた新兵に連れられて、士官以下が利用する下級兵士用食堂に向かっていると、廊下ですれ違った兵士たちに何度かそう声を掛けられた。


 オルキデアとの約束通りに、ペルフェクト語がわからない振りをしていると、今度は一部の兵士がシュタルクヘルト語で同じ言葉を繰り返してきた。

 無言で首を振って、その後も同じ言葉を掛けてきた兵士たちを無視し続けたが、アリーシャの中ではその言葉がずっと引っかかっていた。


(何だろう……。懐かしい響き)


 アリーシャと呼ばれる度に、どこか懐かしい響きがしていた。

 けれども、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトと呼ばれると、もっと懐かしい響きがした。

 それが何かは分からない。けれども、その名前にはどこか馴染みがあるような気がしたのだった。


(でも呼ばれる度に、どこか苦しくなる)


 その名前には、何かが欠けていた。

 オルキデアに「アリーシャ」と呼ばれる時はそう感じないのに。

 懐かしいけれども、言葉に出来ない何かが欠けていて、もどかしかった。

 そして欠けていると思う度に、胸が苦しくなる。

 どうして苦しくなるのか知りたいと思う反面、知ってしまったらこの時間が終わってしまう気がしていた。

 捕虜と将官ーーアリーシャとオルキデアの、誰にも言えない二人だけの秘密の時間が。


 途中で昼食を挟みつつ、クシャースラが帰る夕方頃には、執務室の片付けはほぼ終わっていた。

 元々、長期間不在だったこともあって、片付ける物が少なかったというのもあるらしい。

 その証拠にクシャースラは、「普段はもっと散らかっていて片付けが大変なんです」とアリーシャと共に紐で書類をまとめながら苦笑していた。


 クシャースラを見送った後、オルキデアはそのまま将官以上が利用する上級兵士用の食堂に二人分の紅茶を取りに行っていた。

「夕食にはまだ早いから、紅茶でも飲まないか」と、オルキデアが誘ってきたからであった。


 昨夜の夕食と今朝の朝食は、オルキデアが信頼を置いている部下がアリーシャの分だけ持ってきて、オルキデアは上級兵士用の食堂に食べに行っていた。

 今日の昼食に関しては、オルキデアと一緒に食堂に昼食を食べに行ったクシャースラが、アリーシャの分を貰って来てくれた。

 夕食はというと、今日はオルキデアの手がたまたま空いているそうで、一緒に執務室で食べないかと声を掛けられた。

 後ほどオルキデアが自分の分の夕食と合わせて、アリーシャの分の夕食も執務室に持って来てくれるらしいので、二人で食べることになったのだった。


 オルキデアが戻って来るまで、アリーシャが残っていた書類の束を紐で縛っていると、部屋の扉が叩かれた。


「失礼します」


 入って来たのは、今まで見たことがない若い兵士だった。

 ミルクティーブラウン色の短髪と濃い茶色の瞳が印象的な、温和な雰囲気を持った青年であった。


(ど、どうしよう……!?)


 アリーシャは目を見開くと視線を彷徨わせた。

 隠れた方がいいのかもしれないが、咄嗟のことでどこに隠れたらいいのか分からなかった。

 オルキデアから借りた仮眠室か部屋に備え付けのバスルームに駆け込むことも思ったが、ここで怪しい動きをした方がますます相手に怪しまれてしまう可能性があった。

 そう考えたアリーシャは、何も不審なところは無いと相手に思わせる為に、慌ててその場で立ち上がったのだった。


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