親子喧嘩【2】
「旦那様、恐れながらその様な言い方はどうかと……!」
カリーダが父を嗜めるが、父はただ「事実だ」と吐き捨てただけであった。
「私はアイツに堕す様に言った。それでも産むと言って聞かなかったのだ……その結果、二度と子供が産めない身体になったとしても」
「私が……産まれたせいで……お母さんは子供が産めなくなったの……? 私が産まれたのは間違いだったの……?」
「違います。お嬢様に非はございません。旦那様もどうかお嬢様に心労を掛ける発言はおやめください!」
真っ青な顔で呟くアリーシャにカリーダは「お嬢様、お気を確かに!」と繰り返す。
知らなかった。まさか母が自分と引き換えに子供を産めない身体になっていたとは。
膝に力が入らなくなり、アリーシャはますます身体を支えるカリーダにもたれかかった。
「お前も母親の様になりたくなければ、すぐにでも子供を堕ろせ。……まあ、子を成せない女を欲しがる者も多い。子を成せなくても私の為に嫁に行くことも出来よう」
「誰かに嫁ぐんですか? 私が……」
弾かれた様にアリーシャは顔を上げると、父の顔を見つめる。アリーシャと目が合うなり、父はわざとらしく目を逸らした。
「ずっと言っていたのだろう。私の役に立ちたいと。だったら婚期を逃した資産家と政略結婚をするなり、どこかの政治家か高等軍人の愛人になるなり、女房に先立たれた跡取りのいない老資産家の後妻にでもなって、私の役に立ってみろ。お前は幸いにして、母親に似て男を喜ばせる顔や身体付きをしている。子を成せなくとも、喜んで迎える者もいるだろう」
「旦那様!!」
激情したカリーダがらしくもなく声を上げる。ここまで激昂しているカリーダの姿を初めて見た。
父に憤るカリーダに対して、アリーシャは父が話した「嫁ぐ」という単語で頭の中が一杯になり、侮辱されたことなど何も考えられなかった。
(私が結婚する……オルキデア様以外の知らない人と……)
父の役に立ちたいとカリーダに話していたのは事実だ。その為なら見知らぬ男や親子以上に歳の離れた相手と結婚するのも仕方がないと思っていた。
けれどもアリーシャは変わってしまった。あの国で知ってしまった。
本当の愛というのは無償で与えられるものだと。等価交換も対価も必要なく、掛け値なしに誰もが平等に与えられるものであると。
それを教えてくれたのは、敵国の将官であり、濃い紫色の瞳の美丈夫だった。
アリーシャが愛し、愛してくれた最愛の人にして唯一人の夫、オルキデア・アシャ・ラナンキュラスであった。
(目の前の人は、本当に私のお父さんなの?)
アリーシャは怪物を見る様に、目の前の父を見る。
記憶を無くして敵国の人間であるオルキデアたちペルフェクト軍に保護された時より、自分の娘を道具としか思っていない父の方が今は余程恐ろしい存在に思えた。
そんな人にこれまで気に入られようと、「良い子のアリサ」を演じてきたのかと嘲笑したくなる。
あの厳しい勉学や我慢の日々は何だったのか。屈辱に堪えた十数年は無駄だったのか。
今も目の前で自分の存在を否定され、愛する人との子供さえ奪おうとする。余程、自分と母が憎いのだろうか。
アリーシャの父に対する想いは、この時完全に冷めてしまった。
「……やです」
「なに?」
「嫌ですっ!!」
カリーダに支えてもらいながらも、アリーシャは目前の怪物を睨み付ける。
父という名の怪物は、初めて反抗した娘の姿に不快感を露わにしたのであった。