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親子喧嘩【1】

「すぐに堕ろせ」


 カリーダが扉を閉めた途端、父は開口一番にそう言った。


「堕す? 一体何を……?」

「話は全て病院から聞いている。あそこは我が家も多額の寄付をしている。傘下に等しい。お前の異母兄(あに)が働き、異母姉(あね)の幾人かも病院関係者に嫁いでいる」


 アリーシャは咄嗟に両手でお腹を庇う。

 どうやら父は昼間にアリーシャが診察を受けたシュタルクヘルト家御用達の病院から、アリーシャの妊娠について聞いたらしい。


「寄付の話やあに……お兄様とお姉様の話も分かりました。でも堕すというのはどういうことですか?」

「そんなのは一つしかない。……そのどこの馬の骨とも知らぬ輩との子供だ。今すぐ腹から出せ」


 アリーシャの腹を差しながら父が発した「腹から出せ」の言葉に、アリーシャの背中が総毛立つ。内側から吐き気まで込み上がって来る様な気がして、アリーシャは「ううっ……!」と口元を押さえたのであった。


「お嬢様!!」


 壁際に控えていたカリーダが足早に近づいて来ると、アリーシャの身体を支えながら背中をさすってくれる。


「だ、ぃじょ、ぶ、です……」

「ですが……」


 幸いにもすぐに吐き気は収まるが、そんなアリーシャを父は奇妙な生物を見る様な、冷ややかな目で見下ろしていたのであった。


「お腹から赤ちゃんを出すというのはどういうことですか……。そもそも腹からどうやって出すんですか? そんな方法は聞いたことがありません……」

「腹の中の子供が育つ前に腹から引きずり出して息の根を止める。法律上は禁止されているが、世の中、望まぬ妊娠をしてしまうことは山の様にあるからな。元貴族ほど……」


 アリーシャの喉から「ひっ」と声が漏れる。身体から血の気が引いて卒倒しそうになるが、カリーダが身体を支えてくれていたので倒れずに済んだ。


「博愛主義のこの国では、たとえ生まれる前の子供であっても、善意と愛情を持って、一人の人間として尊重せねばならない、とされている。腹から強制的に子供を取り出して息を止めても、それは犯罪とみなされる。それでも中には子供を望んでいない者たちもいる。これはその為の秘密裏の処置だ。無論、母体への負担はゼロではないが」

「母体への負担……。痛いとか、苦しいとかですか?」

「それだけならいいがな」


 意味有り気な冷笑を浮かべた父をアリーシャはただじっと見つめる。


「成長しきれていない子供を腹から引きずり出すのだ。様々な器具を胎内に挿れてな……。失敗すれば、二度と子供が産めない身体になる」

「そんな……」

「安心しろ。結婚したら必ずしも子を成さねばならない訳でもない。先程も言った通り、子供を望まない男女もいるものだ。表沙汰に出来ない関係ほど。私とお前の母親の様に」

「お父様とお母様ですか?」


 父と母の関係ということは、愛人の関係ということだろうか。確かに正妻が居ながら愛人がいるというのは到底明るみに出せない。

 将来的に跡継ぎや遺産分配の問題が浮上した時に厄介になると、この屋敷の使用人たちが話しているのを聞いたことがあった。


「ああ。身籠もったと聞かされた時から、再三子供を堕す様に言った。それなのにアイツは是が非でも堕さなかった。その結果産まれたのがアリサ……お前だよ」


 父の菫色の瞳が怪しげに光った。自分と同じ色の瞳のはずなのに、何故か父には暗い色が立ち込めている様に見えたのであった。

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