表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
342/347

アリーシャの変調とその正体【8】

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 屋敷に着いて部屋に入ったアリーシャたちを出迎えてくれたのはパティだった。パティの柔和な笑みに釣られる様に、アリーシャも微笑む。


「ただいま戻りました。パティさん」


 いつもの様に返したつもりだったが、何故かパティはクスリと笑う。


「もう! お嬢様が畏まってどうするんですか。もっと気軽にして下さい!」

「そ、そうですか……?」

「そうです! 私のことはパティと呼んで下さい。敬称は無しです」


 パティの言葉にアリーシャが瞬きを繰り返していると、カリーダがわざとらしく咳払いをする。パティが「しまった」という顔をしたので、アリーシャは小さく声を上げて笑うと、パティに手伝ってもらいながら、ショールを脱いで部屋着に着替えたのであった。


 屋敷の裏口で車を降りたアリーシャはカリーダの勧めを断って、車椅子ではなく自分の足で部屋まで戻って来た。部屋まで階段を登ろうとしたところで、カリーダがまたエレベーターを操作すると申し出てくれたので、病み上がりのアリーシャでも歩けたというのもあった。

 用意されていた部屋着は腹部を締め付けないデザインをしたワンピースであった。きっとカリーダから話を聞いたパティが用意してくれたのであろう。

 外靴から柔らかなスリッパに履き替え、カリーダが引いてくれた椅子に腰掛けると、服を片付けたパティが声を掛けてきた。


「お嬢様、他の皆様はお夕食を済ませましたが、お嬢様も何か召し上がりませんか?」

「そうですね……。どうしましょう……」


 アリーシャが傍らのカリーダを振り返ると、カリーダは安心させる様に話す。


「お嬢様の体調を考慮してお食事をご用意します。食べられる様でしたら、少しでもお召し上がり下さい」

「でも、私の為だけにわざわざ用意させるのも……」


 いつも余り物か残飯の様な料理しか提供されなかったので、昨日に引き続き、また自分の為だけに食事を用意させることに引け目を感じているとカリーダが首を振った。


「主人の為に食事を用意するのも使用人の役目です。それからお嬢様の体調に考慮して食事を用意する様に仰せになったのは旦那様です」

「お父さんが?」

「ですから、お嬢様は何も心配をする必要はありません。ご用意しますので、少しだけお待ちいただけますか」

「はい……」


 食事の用意をするカリーダと、アリーシャの服を片付ける為に一度退室するというパティがいなくなると、部屋の中が静寂に包まれる。


(何だか不思議な感じ。こんなにも賑やかで……まだペルフェクト(あの国)に居るみたい……)


 アリーシャがペルフェクトに慰問に発つ約半年前まで、アリーシャが住んでいた屋根裏部屋はいつも陰鬱な空気が漂った暗い部屋だった。

 アリーシャの様子を見にカリーダが部屋を出入りするのを除けば、部屋に人が来たことはほとんどなかった。

 父を始めとする家族は誰も部屋を訪れず、たまに洗濯物や食事を届けにメイドが来ることはあったが、意味有りげな嫌な笑顔を浮かべているか、アリーシャと関わりたくないのか、用事を済ませるとすぐに部屋を出てしまうかのどちらかであった。

 中にはアリーシャの目の前で故意に食事をひっくり返す者や洗濯物を床に落とす者もいた。

 その度にアリーシャは床に落ちた料理の中からかろうじてまだ食べられそうな物を拾って食べるか、自分で洗濯をやり直す羽目になったのであった。

 パティの様にアリーシャに気軽に話しかけてくれるメイドは初めてであり、セシリアと話している時と同じ様に、心が和やかな気持ちになったのだった。


 アリーシャは先程病院で貰った冊子を開くと、夕食の支度が整うまでじっくり読むことにする。その中に気になる一文が書かれていた。


『赤ちゃんに話し掛けましょう』


 妊娠して四ケ月頃になり人間らしい形になると、胎児には音が聞こえる構造が出来始め、外の音も聞こえるようになるらしい。積極的に話しかけてコミュニケーションを図り、音楽を聴いてリラックスするのも胎児の成長に良いとのことであった。


(話し掛けるといいと言われても……)


 アリーシャは自分のお腹に触れながら、何を話しかけるか考えたが、出て来た言葉は自分でも思ってもみないものだった。


「オルキデア様に会いたいな……」


 口にしてすぐにアリーシャは首を振ってしまう。そもそもアリーシャがこの国に帰されたのは、オルキデアに嫌われたからという可能性がある。それなのにアリーシャを捨てたオルキデアに会いたいと思うのは、おかしなことではないだろうか。


(でも、もしオルキデア様がこの国に私を帰さなければならない理由があったとしたら? オルキデア様の意思とは別にあったとしたら……?)


 もしアリーシャを帰さなければならなかった理由があったとしたら、それを知りたい。オルキデアに会って理由を聞きたい。アリーシャ本人がそれを知っていけない理由はないだろう。


「オルキデア様に会って、理由を知りたい。でも……もしもその答えが自分が望んだ答えじゃなかったとしたら……? その時は……どうしたらいいんだろうね?」


 アリーシャだけではなく、お腹の子供共々を否定する様な理由だったらどうしようか。その時、自分たち親子はどうなるのだろうかーー。

 自分の身体を押さえると、アリーシャは身震いする。

 この震えはきっと部屋の温度が下がったからだ。後でパティかカリーダに上着か毛布を用意してもらおう。

 そうアリーシャは思うことにしたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ