アリーシャの変調とその正体【6】
車椅子ごと階段から降りるとアリーシャは思っていたが、カリーダたちは階段の前を通り過ぎて、廊下の端に向かう。
いつの間に取り付けられたのか、廊下の端にはガラス張りの扉と蛇腹扉の二重になった扉があり、その横の壁にはボタンがついていた。
「これは?」
「エレベーターです。お嬢様が不在の間に屋敷を改装して取り付けました」
カリーダはボタンを押すと自ら扉を開ける。
二つの扉が開かれると、中は小さな箱の様になっていた。
カリーダはアリーシャが乗った車椅子ごとエレベーターに乗り込む。続けて女医が乗ると、カリーダは入り口近くのレバーハンドルを操作した。レバーを降ろした直後、音を立てながらアリーシャたちが乗ったエレベーターが下がっていく。
身体だけ下がっていく感覚に慣れていないからか、アリーシャの心臓が激しく音を立て始める。不安を悟られない様に、アリーシャは車椅子を掴む手に力を入れたのであった。
そんなアリーシャの様子から怯えていると思ったのか、カリーダが気遣う言葉を掛けて来たので、アリーシャは「大丈夫です」と短く返したのであった。
「カリーダさんはエレベーターの操作が出来るんですね。ずっとエレベーターを動かせるのは、エレベーターの操作専用の人か、操作用の免許を持った人だけだと思っていました」
「お嬢様はエレベーターに乗ったことがあるのですか?」
カリーダが意外そうな声を上げたので、アリーシャは首だけ振り返ると「一度だけ」と話す。
「あっちにいる時に、たまたま乗る機会があって……」
アリーシャの指す「あっち」がどこか分かったのだろう。カリーダはハッとした顔になると表情を曇らせる。
「そうでしたか……」
アリーシャがまだオルキデアと共にペルフェクトに住んでいた頃、冬服をほとんど持っていないというオルキデアが百貨店に服を買いに行くというので、アリーシャもついて行ったことがあった。
その帰りに期間限定で他国の食品や雑貨を扱う物産展が百貨店の最上階で開かれていることを知って、オルキデアと共に見に行った。
物産展で珍しい食材や調味料をたくさん買い込んでしまい、二人で手分けして運んでいると、物産展を担当している百貨店の店員から帰りはエレベーターを使うと帰りが楽だと教えられたのだった。
娼婦街に住んでいた頃に年季の入ったエレベーターを知っていたものの乗ったことのないアリーシャとは違い、オルキデアはエレベーターを知っていたが、オルキデアが知っていたのは荷運び専用のエレベーターだった。
貴族の屋敷や軍部、王族が暮らす城など、ペルフェクトでも昔からエレベーターは使われているが、エレベーターが落下した時に乗っていた人の安全が確保出来ないという理由から、エレベーターは荷運びにしか使えず、人は乗れないものと思っていたらしい。
百貨店で導入されているエレベーターは、他国で設計された人間の乗降用エレベーターであり、操作するのに必要な技術は、エレベーターが設計された国で研修を受けて、操作資格を得た店員のみが行うとのことであった。
エレベーター自体も定期的に点検をしているので危険性は無いと、エレベーターを勧めてくれた店員が教えてくれたのだった。
せっかく勧められたので、二人がエレベーターに乗ると、エレベーター内に待機していた操作係が目的の階数を聞いてきた。
オルキデアが目的の階数を答えるなり、操作係はレバーハンドルを操作して、エレベーターを動かしてくれたのであった。
絶えなく揺れ続ける不安定な足場に慣れず、アリーシャがオルキデアから手を借りている間も、エレベーター係はレバーハンドルを握って、目的の階数で止まる様にエレベーターを操作していた。
オルキデアにしがみつきながら、巧みにレバーハンドルを操作するエレベーター係の姿を見ていると、すぐに目的の階数にエレベーターが到着した。寸分の狂いなく出入り口の二重扉に重なる様に止めるのは相当難しいだろうと思っていたが、エレベーター係はいとも簡単に停めると、扉を開けてくれたのであった。
そんなエレベーターの操作をカリーダは難なくこなしていたので、アリーシャは気になって聞いてみたが、カリーダに答える気はないのか、それともペルフェクトでのことを思い出してアリーシャが辛い気持ちになると思ったのか、それきり黙ってしまう。
その後、エレベーターが目的の階数に到着すると、アリーシャは裏口から外に運ばれる。正面の表口を使わないのは、他の家族や使用人と極力会わない様にカリーダたちが気を遣ってくれたのだろうか。
裏口から屋敷の外に出ると、そこにはシュタルクヘルト家の家紋も何もついていない、普通の車が停められていた。
運転席から降りて来た年配の運転手はカリーダと知己の仲なのか、カリーダの顔を見るなり、すぐに車のドアを開けてくれた。
アリーシャはカリーダの手を借りながら車椅子から後部座席に移ると、アリーシャの隣に女医が座り、膝の上にブランケットを掛け直してくれた。
その間に車椅子を車のトランクに積んだカリーダが助手席に座り、運転手に行き先を話していた。
全員の用意が整うと、車は首都で一番の大病院に向けて走り出したのであった。