アリーシャの変調とその正体【5】
「かいにん? 懐妊ってあの……」
「そうです。子供を身籠もることです」
頭が真っ白になって何も考えられなくなる。女医の言葉に驚いたのか、本来なら主人の影の様に付き従い、物音一つ立ててはならない執事のカリーダでさえ、取り乱したのか小さく声を漏らして身じろぎしたのであった。
「そんなはずはありません。だって私はっ……!」
言いかけて、アリーシャは言葉に詰まる。
さすがのアリーシャもどうすれば子供を身籠もるのか知っている。男女が「何を」すれば妊娠するのかも。
そして、アリーシャがその「何か」した相手は一人しかいない。
アリーシャが愛した唯一の人ーーオルキデアであった。
「心当たりがあるのですね?」
「はい……。でも決して無理矢理された訳ではないんです。私も望んでやったんです!」
悪いことをして言い訳をする子供の様に、アリーシャは慌ててしまう。
妊娠したことを咎められて、オルキデアとの間に出来た子供を取り上げられてしまうと思ったからであった。
そんなアリーシャの考えに気づいたのかは知らないが、女医は「落ち着いて下さい」と冷静に告げる。
「私はお嬢様が妊娠したことに問題があると言いたい訳ではありません。この屋敷には設備や機材が揃っておらず、詳しい検査が出来ないので、近くの病院で検査を受けていただきたいだけです。今のご様子だと、懐妊されていたことさえ、ご存知では無かったようですので」
「検査……って何をするんですか?」
「お腹の中にいる胎児の様子を調べます。胎児の成長から懐妊されて何週目になるか判明します」
女医は後ろを向いてカリーダに視線を送ると、カリーダは廊下に出て行く。
アリーシャの腕から点滴を外してもらっている間に戻って来たかと思うと、カリーダは車椅子を押していたのであった。
「お嬢様。立てますか?」
「大丈夫です。自分で歩けるので……」
アリーシャは自力でベッドから立ち上がるが足元がふらついてしまう。倒れそうになるが、すかさず近くに居た女医に身体を支えられる。
「無理はいけません。お嬢様は病み上がりの身体です。胎児にも障ります」
カリーダだけではなく女医にまで言われて、渋々アリーシャは女医の手を借りると車椅子に座る。
アリーシャが座ると、すかさずカリーダが膝の上に厚手のブランケットを敷き、肩にはショールを掛けてくれる。
「ありがとうございます……」
アリーシャの身支度が整うと、カリーダはゆっくり車椅子を押して部屋を出る。
廊下を進んで行くと、途中で廊下の影から様子を伺う使用人やメイドたちとすれ違う。その中には、心配そうな顔をしてアリーシャを見つめるパティの姿もあった。
アリーシャは大丈夫という意味を込めて、パティに向かって小さく微笑むと頷いてみせたのであった。