アリーシャの変調とその正体【3】
次に目を覚ました時、アリーシャは部屋のベッドに寝かされていた。おそらく意識を失った後、カリーダが運んでくれたのだろう。倒れてから半日が経過したのか、既に外は明るく、陽は高い位置に昇っていた。
身体を起こしたアリーシャは、自分の腕にチューブが繋がっていることに気づく。その先を見れば透明な液体が入った輸液パックがぶら下がっていたのであった。
「ご気分はいかがでしょうか? お嬢様」
声が聞こえてきた方に顔を向けると、今まで壁際に控えていたのか、カリーダがベッドに近づいて来たのであった。
「わ、た、し……」
「脱水症状を起こしていたそうです。医師を呼んで点滴をしていただきました」
「そう……ですか……」
どうやらカリーダが呼んだ医師が点滴をしてくれたらしい。気を遣わせてしまったことに罪悪感を覚えて、咄嗟に「すみません……」と謝ってしまう。
そんなアリーシャに対して、すぐにカリーダは「とんでもございません」と首を振る。
「昨晩は差し出がましいことをしました。申し訳ありません」
「気にしていません。カリーダさんは悪くないですから……」
カリーダの行動は、全て抜け殻の様になったアリーシャを想ってのことだと分かっている。そんなカリーダを責めるつもりは毛頭ない。
「左様でございますか」
「はい」
アリーシャが頷くと安心したのだろう。カリーダは肩の力を抜いた様だった。
「お嬢様のお身体について、医師が話しをしたいと申しております。すぐお会いになられますか?」
「お医者さんが私に? 何でしょうか……」
「私も詳しい話は伺っておりません。倒れたお嬢様を診察した時に気になるところがあったとだけ」
「分かりました。会います」
カリーダが別室に居た医師を呼びに行っている間、アリーシャはカリーダが呼んだ若いメイドに髪を梳いてもらい、蒸しタオルで顔を拭いてもらうと、簡単に化粧を施してもらう。医師に会うだけなのでそこまでしてもらう必要はないとアリーシャは断ったが、メイドから「ちょっとでもいいから身支度を整えた方が気持ちが良いですよ」と勧められて、好意に甘えてされるがままになっていた。
「お嬢様が少しでもお話し出来る様になって良かったです。点滴のおかげでしょうか。肌にも赤みがさして、顔色も今までで一番良いです!」
カリーダが呼んでくれたメイドは鮮やかな山吹色の髪を頭の後ろでまとめたアリーシャと同年代の女性であった。
見覚えのないメイドだと思っていると、今回アリーシャの世話をする為に新しく雇われたのだとメイド本人から教えてもらう。
「お嬢様が屋敷に戻られてから、カリーダさんと一緒にずっとお嬢様の世話をしていましたよ」
「すみません……。全然覚えていなくて……」
「いいんです。少しでもお嬢様が元気になっていただけたのなら、わたしも嬉しいです!」
最後に色付きのリップを塗ると、メイドは「出来ましたっ!」と弾む様な声を上げる。鏡で見せてもらうと、そこには昨晩までとは違い、まだ人間らしい顔をしたアリーシャが映っていたのであった。
「お嬢様は元々お綺麗なので、薄く肌を整えて色付きリップを塗るだけでも映えますね!」
「そんなことは……。えっと……」
「パトリシアです。パティとお呼び下さい」
濃い深緑色の瞳を細めて笑みを浮かべたパティに釣られて、アリーシャもほんのわずかに笑みを浮かべると部屋の扉が叩かれる。アリーシャが返事をすると、カリーダが入って来たのであった。
「失礼いたします。先生がお越しになりました」
その言葉でパティはベッド周りに広げていた化粧道具を片付け始める。使用したタオルや洗面器を持つと、「失礼いたします」とアリーシャに一礼をして部屋を出て行った。あらかじめ医師が来たら退室する様に言われていたのだろう。もう少しパティと話してみたかったので、アリーシャはがっかりしてしまう。アリーシャ付きのメイドなら、また話す機会はあるだろうか。
パティが退室したのと入れ違いに、カリーダが白衣を着た妙齢の女医を部屋に通す。
医師と言えば、オルキデアと出会ったペルフェクト軍の基地でお世話になった老齢の男性医師の印象が強かったので女性の医師が来るとは思わなかった。
アリーシャの物言いたげな顔に気付いたのだろう。女医は厳しそうな顔を少しだけ緩めると、「普段は主人が往診に来ます」と教えてくれた。
「実際にお嬢様が倒れられた時は主人が対応しました。ですが、お嬢様の診察をした時に気になることがあり、ここ最近のお嬢様の様子をカリーダさんから伺いました」
「ここ最近の私の様子……ですか?」