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アリーシャの変調とその正体【2】

 いつもなら何も反応をしないアリーシャに諦めて、カリーダは仕事に戻っていた。

 たが、この日は違った。

 カリーダはトレーを持ち上げると自らスプーンでスープを掬って、アリーシャに食べさせてきたのだった。


「少しでいいのです。お嬢様。このままではお身体を壊されてしまいます。一口だけでも、どうかお召し上がり下さい……」


 悲痛な叫びに聞こえなくもないカリーダの懇願する様な言葉が、花火の音と共にアリーシャの耳に届く。

 唇に触れた銀器の冷たさに驚いて、ほんの僅かに開いたアリーシャの口の中にカリーダがスープを入れる。

 柔らかく煮込まれた野菜や肉などの具材とハーブなどの香辛料が口の中に広がったかと思うと、すぐに胃の中から酸っぱいものが込み上げてくる。


「お嬢様!?」


 久しく何も口にしていなかったので胃が驚いたのか、スープに使われていた香辛料が合わなかったのか、それとも肉が合わなかったのかは分からない。

 カリーダを突き飛ばす様にベッドから飛び降りると、アリーシャは部屋に備え付けの手洗いに駆け込む。


「ごほっ! ゲホッ! ごほっ……!」


 この二ヶ月、何も食べていなかった胃からは胃液しか出てこなかった。それでもなかなか吐き気は治らず、アリーシャはしばらく手洗いから出ることさえ叶わなかった。


 やがて吐き気が落ち着くと、併設する洗面台の水道で手を洗って口をゆすぐ。洗面台に付いている鏡を見れば、亡霊の様な女が映っていた。

 最低限の手入れしかされていない藤色の髪は艶を失ってボサボサ、化粧をしていない肌はガサガサであった。顔色は青を通り越して白く、乾燥した唇は紫色だった。

 この二ヶ月間飲まず食わずだった身体は、慰問で屋敷を出た時より更に痩せて、目は落ち窪み、目の下には大きな隈まであった。

 オルキデアに「綺麗」と言われていた頃のアリーシャの面影はそこに無かった。


「……ル……ア……ま……」


 またオルキデアのことを思い出しそうになった。約二ヵ月振りに発した声はほとんど音にならず、掠れていた。

 声量が出ないどころか、身体全体に力が入らなかった。

 先程吐き気が込み上げてきた時に残っていた体力を使い切ってしまったのか、壁伝いに歩くのもようやくといった状態であった。

 頭が割れる様に痛く、張っているのか腹も苦しい。

 壁に片手をつきながらアリーシャが洗面所を出ると、扉を開けたすぐ目の前に心痛そうな顔をしたカリーダが立っていた。


「申し訳ございません。執事の身でありながら、出過ぎた真似をしました」


 深く頭を下げるカリーダに構わず、アリーシャはベッドに戻ろうとする。

 何か答えた方が良いのかもしれないとほんの少しだけ考えるが、久しく何にも口にしていないのと、先程手洗いで戻した時に体力を使ってしまったのか、フラフラと力無く歩くだけで精一杯であった。とてもカリーダに返事をする余力は無かった。


「お嬢様。やはり体調が悪いのではありませんか? 一度診てもらうべきです。先生をお呼びしますので診察を受けてーー」


 必要ない、という意味を込めて、アリーシャはベッドに向かう。屋敷の近くにはシュタルクヘルト家専属の医師が住んでいるらしいが、医師を呼んでしまえば父に知られてしまうだろう。そうなればまた「恥晒し」と言われてしまう。

 自分が侮辱されるだけなら耐えられる。けれども、母やオルキデアのことまで言われるのは我慢出来なかった。どちらも数少ない大切な宝物だからーー。


(たから、もの……)


 服の上からネックレスを掴んだ時、アリーシャの身体が大きく傾く。後ろから「お嬢様!?」と悲鳴を上げるカリーダの声が聞こえてくるが、アリーシャはそのまま床の上に倒れてしまう。

 幸いにも足元は絨毯だったので倒れてもさほど痛くはなかったが、手足に力が入らず、もう身体を動かせそうに無かった。心なしか再び吐き気が込み上げてくる様な気さえした。

 元は異母姉(あね)の部屋だったというこの部屋の床には、有名デザイナーがデザインしたという豪奢なデザインの絨毯が引かれていた。それを自分の様な一族の爪弾き者が汚してしまうのが心苦しい。

 以前この屋敷で使っていた部屋の様に、薄汚れた屋根裏部屋の木の床ならどんなに良かっただろうか。


(オルキデア……さま……。わたしの……私の大切な……たいせつな……)


 その時、一際大きな花火が上がった。それに混ざる様に上着の内ポケットから携帯電話を取り出したカリーダが、「アリサお嬢様が倒れられた! 至急、医師の手配を……!」と、いつに無く取り乱した様子でどこかに電話を掛けている声が聞こえてきた。

 それを聞いている内に、アリーシャの意識は深淵の中に沈んでいったのだった。

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