アリーシャの変調とその正体【1】
その日は夜半になっても祝賀の歓声が止むことはなかった。
年が明けてひと月が経ったが、年始の祝いが終わったかと思えば、直後に別の祝い事が始まった。こんなことは今まで無かった。少なくとも、アリーシャが覚えている限りでは。
部屋のベッドの上に座って、生気もなくただ虚ろな目で、窓から外を眺めていたアリーシャの顔と菫色の瞳を色とりどりの花火が照らす。
贅の限りを尽くした花火は、先程から冬の空に大輪の花々を咲かせていた。
けれども悲しみで暮れたアリーシャの心に、眩いばかりの光華の花が届くことは無かったのだった。
「今宵の花火は随分と絢爛豪華です。この様な美しい花火は滅多に見られません」
アリーシャが花火を見つめていると、いつの間に部屋に入って来たのか、カリーダが話し掛けてくる。
絶えなく聞こえてくる花火の音に負けない様に話しているのか、いつもより声を張っていた。
「今夜は首都で戦勝を記念した式典が行われています。北部地域の一部をシュタルクヘルト軍が奪還した記念の式典と聞いています」
「……」
「旦那様や他のご兄弟も式典に参加されています。今は余興で花火の打ち上げをしている様です」
「……」
アリーシャが何も答えずにいると、カリーダは湯気が立つトレーを持ってアリーシャが座るベッドに近づいて来る。
アリーシャが屋敷に帰ってからも、カリーダは親身に世話をしてくれた。
廃人同然となってしまったアリーシャの代わりに、朝はカーテンを開け、アリーシャに食事を届け、手の空いているメイドと共に部屋を掃除してくれた。
夕方になるとまたカーテンを閉めて、灯りを点け、アリーシャが就寝する時間帯に灯りを消してくれる。
さすがにアリーシャの着替えや身を清める手伝いは他のメイドに頼むが、メイドたちがアリーシャに悪さをしない様に見張ってくれていた。
今夜は花火が打ち上げられることを知ったカリーダが、わざとアリーシャが見える様にカーテンを開けたままにしてくれたのだろう。
夕方、いつもなら定時に灯りを点けに来るはずなのに今夜は来なかった。他のメイドも部屋に来なかったので、カリーダが指示した可能性が高い。
「お嬢様。少しは何か召し上がって下さい。屋敷にお戻りになってからのこの二ヵ月。ほとんど何も口にしていないではありませんか」
「……」
「少しでも食べられる様に料理人に頼んでスープを作っていただきました。お嬢様の好きな肉も入っています」
そう言って、カリーダは持っていたトレーをベッドサイドのテーブルに置く。
アリーシャが首だけ動かしてトレーを見つめると、これまでの残飯の様な冷めた食事ではなく、作り立ての温かいスープがトレーに乗っていた。
きっとアリーシャの為だけに、屋敷に住む専属の料理人作らせたのだろう。父には内密で。
野菜や肉と思しき具材が細かく刻まれてスープに入っていた。どの具材も均等に切られており、大きさも同じであった。
ーー最後にオルキデアと話した時、寝込んでいたアリーシャの為に作ってくれたスープは、もっと具材が大きく、大きさもバラバラだった。
オルキデアのことを思い出しそうになって、アリーシャはスープから顔を背けて、また視線を窓に戻す。
「お嬢様……」
カリーダの呟きがアリーシャの耳を打つ。
ここに戻って来てからの最初の一か月で、涙は全て流し尽くして枯れてしまった。それからは日がな一日、ずっとベッドの上で外の景色を眺めていた。
何も見たくなかった。何を見てもオルキデアを思い出しそうになって、ただ辛いだけだった。
食事も風呂も服も本も宝飾品も嗜好品も人でさえも、何もかもオルキデアと過ごした日々を想起させるのに十分であった。
思い出しそうになる度に、二度とあの日々に戻れない現実を突き付けられて、胸が締め付けられた。息が出来なくなる錯覚さえ覚えて、ただ目と耳を塞いで痛みを耐え続けた。
オルキデアが居ない現実から逃れられるのなら、いっそのこと消えてしまいたいと思った。誰にも愛されない自分など生きている価値が無かった。この世界から消えてしまいたかった。
このまま何も飲食しなければ死ねるのだろうか、とどこかで思ってさえいた。
死んだらアリーシャの魂だけでも、オルキデアの元に行けるのではないかとーー。




