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シュタルクヘルト家【5】

 何が起こったのか理解出来ず、アリーシャの思考は停止してしまう。

 少し経って叩かれた頬がじわじわと痛み始めた頃、ようやく我に返る。

 ゆるゆると腕を上げると、アリーシャは赤く熱を帯びた頬に触れたのであった。


「あっ……」

「今まで連絡もしないで何をやっていた!? この恥知らずの親不孝者が!!」


 父から発せられる静かな怒りが部屋の空気を震わせる。これまで父が怒っている姿を見たことが無かった。例え相手が他の兄弟や姉妹、愛人たちや使用人たちでもーー。


「お前の母親もそうだった! 勝手に現れて勝手に消えた! そんなに娼婦が良いのか!? 敵が良いのか!?」


 アリーシャの目から涙が溢れる。父に見られない様に咄嗟に下を向くと瞬きを繰り返す。


「わっ、私は死んだことになっていたので……」

「そうか。その話は知っていたか。それなら生きていたと早く連絡をするべきだ。迎えを送ったからな。それがどうだ!? 生きていながら何も連絡を寄越さないどころか、敵から強制送還される醜態を晒した!! 身体を売って、居場所でも得た気になったのか!!」


 父の言葉にアリーシャの身体が熱くなる。どうやら父の中でアリーシャは敵の人間に身体を売って居場所を得たものの、秘密裏に強制送還されたことになっているらしい。煮えたぎったマグマが迸る様に、熱い感情が自らの内側で溢れ出る。


「身体なんて売っていません!! 私にとってあの国に居た方が幸せだったから連絡しなかったんです!! こんな、惨めで辛い一人ぼっちの生活に戻るくらいならっ……!」


 オルキデアと出会う前、この屋敷に住んでいた頃でもここまで激怒したことは無かった。やはりオルキデアとの出会いや結婚が自分を変えてくれたのだろうか。

 そんな父は愕然とした表情でアリーシャを見つめていた。アリーシャが反論したのが意外だったのだろうか。

 けれどもすぐに険しい顔になると、アリーシャを睨みつけてきたのであった。


「この生活のどこが惨めだというんだ!! 何が辛いんだ!! あんなうらぶれて薄汚いゴミの吹き溜まりの様な下町や、時代遅れの生活や慣習を続けている国より、今の生活の方がずっと良いはずだ! 何が不満だというんだ!!」

「例え、薄暗い下町やこの国と文化や風習が違う国であっても、ここに居るよりずっと良かった! 綺麗な物や美味しい物、便利な物が無くたって……」


 その時、部屋に備え付けの電話機が受信を知らせる。父が舌打ちと共に受話器を取ると、仕事の電話だったのか、書き物机から書類を探し始めた。

 書き物机から落ちた一枚の書類がアリーシャの近くまで飛んできたので、怒り任せに拾って書き物机に叩き付ける。アリーシャが書類を拾って持って来たのが余程気に入らなかったのか、父は物言いたげな顔をしたのであった。

 部屋を出ていいのかアリーシャが迷っていると、今度は部屋の扉が叩かれた。

 受話器を一度離した父が短く「入れ」と言うと、カリーダが入って来たのだった。


「お話し中のところ失礼致します。アリサお嬢様のお部屋の用意が整いました。お嬢様はあまり体調が良くないご様子です。お話しは明日されてはいかがでしょうか?」


 カリーダの言葉に父はアリーシャと同じ菫色の目を見開くが、すぐにアリーシャたちを追い払う様に片手を振っただけであった。

 その態度にアリーシャは再び頭に血が上ってしまうが、カリーダは恭しく一礼すると「さあ、お嬢様」と促したので、アリーシャは父の部屋を後にした。

 部屋を出る前に振り返ると、話しが終わったからか、父はアリーシャに興味を失った様で既に仕事に戻っていた。

 それを悲しいとも腹立たしいとも思うことなく、アリーシャは部屋を出たのであった。

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