目が覚めると……【8】
上着を膝の上にかけたアリーシャは、しばらく列車の揺れに身を任せていた。
車内では汽車の駆動音に紛れる様に、車内で騒ぐ子供を注意する母親の大声や老夫婦が談笑する声、使用人に頼んで車内販売で酒を購入させる男性の声が響いていた。
汽車が大きく揺れた時、斜め前の席に身を寄せ合うように座る若い夫婦の姿が目に入って、アリーシャの心が痛む。
つい先日まで、アリーシャも最愛の男性であるオルキデアと、ああやって身を寄せ合って座っていた。
それが、アリーシャが眠っている間に全てが変わっていた。
ペルフェクトにあるオルキデアの屋敷にいたはずが、シュタルクヘルトの道を走る老爺が運転する車にいた。
もう二度と会うことは無いと思っていたカリーダに再会し、同じく二度と会うことはないと思っていた父の元に向かおうとしている。
アリーシャが生きていたと知って、父はどう思ったのだろうかーーどう悲しむだろうか。
その時、窓辺を見つめたアリーシャは、ふと気がつく。
(もしかして、今なら……)
さっきは諦めてしまったが、カリーダがいない今なら、汽車の窓から飛び降りてオルキデアの元に帰れるのではないか。
アリーシャは上着を座席に置くと、両手で力一杯窓を開ける。車内に強風が吹き込んできて、藤色の髪が強風に靡いた。
窓辺に置いていた水のペットボトルが、強風に煽られて床に倒れると、汽車の揺れに合わせて、床の上を転がっていく。
アリーシャはペットボトルを拾い上げて座席の上に置くと、窓から外を覗き込む。
移り変わるシュタルクヘルトの景色。
今走行しているのは、田園地帯なのか田畑が広がっていた。
冬の野菜を植えているのか、青々とした緑と休耕中の畑の黒々とした土の二色が遠くどこまでも広がっていた。
(ここから飛び降りて、来た道を戻れば、ペルフェクトに戻れるかもしれない。勿論、無事では済まないけど……)
走行中の列車から降りて、そもそも生きていられるかも分からない。でもここで飛び降りなければ、父の元に向かってしまう。
本当にそれでいいのだろうか。
スカートをたくし上げて、窓辺に片足をかけたところで、アリーシャはふと考えてしまう。
(ペルフェクトに戻れたからといって、オルキデア様が迎え入れてくれるかは分からない。もし迷惑だったとしたら……)
本当にオルキデアがアリーシャに愛想を尽かして、持て余したアリーシャを国に帰そうとしているのなら、ここで戻ることはオルキデアに迷惑をかけるだけかもしれない。
そうなったら、今度こそペルフェクトで居場所を無くすことになる。
仮にオルキデアの元を追い出されても、セシリアやクシャースラ、マルテやメイソンを頼る方法もあるが、誰もがオルキデアに距離が近く、顔を合わせる機会が頻繁にあるだろう。そうなった時、アリーシャの心は耐えられそうになかった。