別れと断髪【3】
「……嘘だろう。彼女が居るべき場所……? それって、まさか……」
オルキデアの言葉に、クシャースラは顔を引き攣らせていた。
そんなクシャースラの言葉を肯定するように、オルキデアは頷いたのだった。
「ああ。彼女は帰した……彼女の生まれ故郷に」
その言葉に親友は灰色の目を大きく見開くと、オルキデアの襟元を掴んだのだった。
「嘘だと言えよ!? 彼女を帰した!? あの国で彼女がどんな目に遭っていたのか、お前も知っているだろう!?」
掴まれた衝撃で、机の上に重ねていた郵便物が床に落下した。それに目線を向けていると、クシャースラは「何とか言えよ!?」と身体を揺すってきたのだった。
「あれだけ愛し合っていただろう!? それなのに、たかだか銃撃に遭っただけで、彼女を手放してしまうのかよ!?」
「……やはり、彼女には俺は相応しくなかった。彼女にはシュタルクヘルトが合っているんだ。あの国には、きっと彼女に相応しい、彼女を愛してくれる男だって居るはずーー」
「居ないかもしれないだろう!?」
ここまで、クシャースラが声を荒げたところを見たことがなかった。
オルキデアは床に目を落としたまま、親友に身体を揺すられるままになっていた。
「アリーシャ嬢が好きなんだろう!? なんでお前が守ってやらないんだ!? あの子にとって頼りになるのはお前しかいないんだぞ!? それなのに、何で引き離すんだよ……!? 一番側に居て欲しい時に、何で……!!」
「俺が側にいたら、彼女まで謀叛の疑いがかけられてしまう。彼女は無関係だ。それを証明する為に、彼女を国に帰した……それだけだ」
それに、ここ最近のアリーシャはずっと具合が悪そうだった。
ここで命が脅かされる日々を過ごしていては、良くなるものも良くならないだろう。
それもあって、ペテルギウスに頼んで彼女を国に帰してもらった。
いつシュタルクヘルトとの戦局が悪化してもおかしくない緊迫した状態が続いている以上、今じゃなければ彼女を国に帰せない。
たとえ、国や軍も知らない亡命ルートだろうが、ハルモニアを経由するルートだろうが、戦局が悪化してしまえば両国の行き来は難しくなる。
両国の国境沿いでは両軍が睨みを利かせ、ハルモニアも両国からの出入国に厳しくなるだろう。亡命はさせてくれるかもしれないが、それでも入国に時間が掛かるだろう。
アリーシャを国に帰すなら、今しか無かった。
「それなら、うちでアリーシャ嬢を守ってやる。セシリアやお義父さんたちだって、きっと納得してくれる……。おれの実家でも構わない。両親を説得するから……」
「もうじき、彼女にも軍から聴取が入るだろう。この国に居る限り、彼女に安全は無いんだ……分かってくれ、クシャースラ」
「分かんねぇよ! お前のことが!! いくら好きだからって、またお前の元に戻ってくるとは限らないんだぞ!?」
「……戻って来なくていい。彼女が元気に過ごしてくれるなら、他の男を好きになって安全な場所で笑って幸せに暮らしているのなら、俺はそれで満足だ」
その言葉に、クシャースラは完全に頭に血が上ったようだった。
オルキデアの襟元を乱暴に離したのだった。
「好きにしろ! おれはアリーシャ嬢を追いかけるからな!!」
それだけ言うと、靴音を立てながら足早に部屋から出て行った。
やがて靴音は遠ざかって行き、また屋敷内は静寂に包まれたのだった。