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決意【4】

 外が火灯し頃になってようやく心が落ち着くと、オルキデアは自室を後にする。夕食の用意をすると、ほぼ丸一日、部屋で休んでいたアリーシャの元を訪ねたのであった。


「アリーシャ、少しいいか」

「はい。どうぞ……」


 部屋に入ると、私服姿ながらベッドで休んでいたようで、オルキデアの姿に気付いて起き上がろうとしていた。それを制すると、オルキデアはアリーシャの元に向かったのであった。


「体調はどうだ? チキンスープを作ってきた。少しでも食べられるなら食べた方がいい」

「ご心配をおかけしてすみません……。明日には回復すると思うので」

「いい。無理をするな。……本当に病院に行かなくていいのか?」

「大丈夫です。子供の頃は、病院に行かなくてもすぐに回復していました。今回も大丈夫です!」


 ベッドで半身を起こして気丈に振る舞ってはいるが、日に日にアリーシャはやつれているように見えた。

 これまでの生き生きとした様子とは打って変わった姿に、何か大きな病気に罹ってしまったのではないかと不安さえ覚える。

 けれども「大丈夫」と繰り返すアリーシャに無理を言って病院に連れて行くことも出来ず、また体調が悪いのを触れて欲しくなさそうなアリーシャの様子に、これ以上、オルキデアも何も言えなかった。


「香辛料は抜いてみたが……食べられそうか?」

「少しなら食べられそうです……。オルキデア様は夕食は……?」

「さっき余り物を食べたから気にするな。今は自分の心配だけをするんだ」

「すみません……。今日も一日休んでしまって……」

「女だから、妻だから、家事を全部やらなければならないというわけではないんだ。たまには休んだっていい」


 気にしなくていいという様に藤色の頭を軽く頭を撫でると、愛妻は力なく小さく微笑む。

 その痛々しい姿を見ていられず、オルキデアはチキンスープが乗ったトレーを渡したのであった。


「オルキデア様のお料理をいただくのは初めてです」

「料理をしたのは、新兵の頃の野営での食事当番以来だ。お前ほど上手く作れなかった」

「私の料理だってまだまだ上手とは言い難いですから……。いただきます」


 大きさがバラバラの野菜をスプーンで掬い、息を吹きかけながらスープを食すアリーシャから目を離すと、そっと室内を見渡す。

 ベッド脇のサイドテーブルには祭りでオルキデアが買った万華鏡が置かれており、書き物机の上には付箋紙が貼られた手芸本やレシピ本があった。

 オルキデアの部屋のベッド脇のサイドテーブルの上にも、祭りの時にアリーシャから貰ったプリザーブドフラワーの一輪挿しが小さな花瓶に生けられていた。

 テーブルの上には、化粧品が入った箱と大きな姿見があった。

 いつか、鏡台を買ってあげた方がいいだろうと、考えていたのを思い出したのだった。


 しばらくして、「ご馳走様でした」と言って、スプーンを置いた音が聞こえてきた。


「もういいのか?」

「はい。これ以上食べたら、気持ち悪くなりそうで……。でも、久々にたくさん食べられた気がします。オルキデア様のおかげです」

「嬉しいことを言ってくれるな。料理はあまり得意じゃないんだ。照れ臭い気持ちになる」


「たくさん食べた」と言っても、チキンスープは半分近く残っていた。

 それを下げると、次いでサイドテーブルに置いていた水の入ったコップを渡す。


「スープは熱くなかったか」

「丁度良かったです。具材も柔らかくて、口の中で溶けていきそうで」

「食べやすいに全て小さく切ったからな。お前より上手く切れなくて、大きさはバラついてしまったが……」

「そんなことありません。全部食べやすい大きさでした」


 水を飲むアリーシャをじっと見つめながら、背筋を伸ばして真剣な顔になる。


「アリーシャ。飲みながらでいいから聞いてくれないか」

「はい?」


 アリーシャが口からコップを離すと、オルキデアは顔を近づける。


「俺はお前のことが好きだ。富も名誉も何もない、貴族とは名ばかりの俺を心の底から愛してくれた。俺もお前のことを心底愛している」

「急にどうしたんですか?」


 首を傾げたアリーシャの口の端には、透明な雫が残っていた。

 それを親指で拭き取りながら、前にも同じようなことをしたと思い出して、口元が緩む。

 あの頃、まだ契約婚をしていた頃は、まさかこんな日が来るとは思わなかった。


 彼女を愛してーー彼女と別れる日が来るとは。


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