不審な手紙と不穏な影【1】
ペテルギウスの部下が運転する車で屋敷まで送り届けられたオルキデアは、五日ぶりに帰宅した屋敷に異変がなくて安堵する。
石造りの門も、メイソンやセシリアが手入れしてくれる庭も、屋敷の外壁にも、何も問題がなかった。
ただ、一つ不自然だったのがーー。
(この時間に、一階のカーテンが閉まっている?)
時刻はまだ昼。陽もまだ高く昇っている。
いつもなら、朝早くからアリーシャがカーテンを開けているはずだった。
それなのに屋敷の一階部分の窓は、いずれも分厚いカーテンで閉ざされており、中の様子を伺うことさえ出来なかった。
(寝ているのか、外出しているのか……)
オルキデアが留置されている間に、アリーシャの身に何かあったのではないか。
不安な気持ちを抱えたまま、オルキデアは屋敷の玄関を開けたのだった。
「戻った」
日光が入らず、薄暗い屋敷内。
物音さえしない静かな屋敷に、だんだん不安になってくる。
(出掛けているのか……?)
もしかしたら、寝ているだけかもしれない。
それなら、先に部屋に戻ってひと息ついていようか。
自室に向かっていると、階段を降りて来る足音が聞こえてきたのだった。
「オルキデア様……ですか?」
この五日間、堪らなく聞きたかった鈴の音のような声が耳朶を打つ。
そっと顔を上げると、両手で階段の手摺を掴んで、ゆっくりと降りてくる愛妻の姿があったのだった。
今まで横になっていたのか藤色の髪が乱れ、ロングスカートにも皺が寄っていたが、最後に会った時と変わらない姿に、そっと安堵する。
「ああ……すまない。心配を掛けて……」
何を言えばいいか分からず、まずは謝罪の言葉を口にする。
すると、アリーシャは顔を歪めると、階段をパタパタと駆け降りてきた。
その勢いのまま、オルキデアに抱きついてきたのだった。
「もう……心配したんですよ! 五日も連絡が取れなくて……!」
足にしっかりと力を入れて、五日ぶりに感じる愛妻の身体をしっかりと抱き留める。
絹のような藤色が遅れて、オルキデアの元に辿り着き、ふわりと甘い香りが広がった。
ぎゅっとオルキデアのシャツを握りしめて、しがみついてくるアリーシャの藤色の頭を何度も撫でたのだった。
「すまなかった。軍部に来てくれたんだろう? 仕事が忙しくて連絡も出来なくて……」
「電話を掛けても繋がらなくて、心配になって軍部に行ったら、オルキデア様は取り込み中で会えないって言われてしまって……。
何度も頼んでいたら、ラカイユさんがやって来て、オルキデア様は手が離せないくらい忙しいって教えてもらったんです……」
胸の中で泣き出した愛妻を強く抱きしめ返しながら、その華奢な背中を愛撫する。
いつもより体温が高い気がするが、それだけ気を張っていたのかもしれない。
愛しのアリーシャに会えて、胸の中が歓喜と安堵で溢れそうになる。
「そうだったか……。不安にさせたな。すまない……俺が不甲斐ないばかりに」
おそらく、ラカイユもアリーシャを気遣って、オルキデアが治安部隊に留置されていることを話さなかったのだろう。
真実を話したら、アリーシャが何をするか分からないという心配もあったのかもしれない。
「いいえ、いいえ! そんなことありません! オルキデア様が不甲斐なんてことありません!」
「そうか」
いつもなら嬉しいはずの言葉が、なぜかこの時は胸に小さな痛みを走らせる。
まるで針に突かれているように、僅かな痛みを伴って何度も胸を刺してきたのだった。