謀反の疑い【3】
本当なら、オルキデアが自白ーーするものがないが治安部隊が納得する様な自白、をするまで取調べは続くはずだった。
しかし、アルフェラッツから報告を受けた上官のプロキオンが、治安部隊に掛け合ったことで、逃亡しないことを条件に愛妻が待つ屋敷への帰宅を許されたのだったーー軍部から屋敷まで厳重に監視されて、今も屋敷の前には監視がついているが。
壁に手をついて力なく立ち上がったところで、今まで寄り掛かっていた扉が控えめに開く。
「あ……」
顔を覗かせたのはアリーシャだった。
アリーシャ自身も、まさかオルキデアと会うとは思わなかったのか、菫色の瞳を瞬いたのだった。
「お疲れのところ、すみません……。あの、お弁当箱を取りに来ただけです……」
扉の横に放置していた荷物に目を向けると、いつもなら玄関で渡す弁当箱を、そのまま部屋まで持って来てしまったことに気づく。
腕を伸ばして拾い上げると、アリーシャが差し出してきた両掌に乗せたのだった。
「いや、気を遣わせてすまない」
「い、いいえ! ずっと屋敷に居る私と違って、オルキデア様がお忙しいのは重々承知していますから! これくらい何ともないです」
弁当箱を受け取るなり、そそくさと去って行こうとするアリーシャを見送っていたが、ふと気づいて声を掛ける。
「弁当だが。明日以降は作らなくていい。……食べる暇がないからな」
その言葉に立ち止まって振り返ったアリーシャは、驚いたのか目を丸く見開いたのだった。
「そんなに忙しいんですか……?」
「……そうだな」
嘘をつく度に身体の内側に黒いものが沈澱していく様で、胸が苦しくなっていく。
「なるべく早く片付けるようにするが、しばらくはゆっくり出来ないかもしれない。寂しい思いや、不安な思いをさせると思うが、今だけ我慢してくれないか」
早めに片付けるには、ありもしない自白をしなければならないが、自白をするということは謀叛を企てていたと認めることにもなる。
ありもしない自白をするつもりは、一切なかった。
それをしないとなると、かなりの長期戦となるだろう。
あっちには、オルキデアが謀叛を画策していた証拠品が揃っている。
対して、こっちには謀叛を否定する証拠品が無い。
有よりも無を証明するのは難しい。
「画策していない」と、証明出来るものが何も無いからであった。
オルキデアの言葉に、アリーシャはこくりと頷いたのだった。
「わかりました。私はオルキデア様を信じています。……愛する貴方を信じて待っています」
「待たせてすまない。すぐに片付ける。なるべく早く……」
わかったとは言いつつも、泣きそうな顔で俯いたアリーシャに罪悪感を覚える。
しかし、アリーシャはすぐに顔を上げると、「でも」と口を開く。
「でも、その代わりに。今だけ……ほんの少しだけでいいんです。私を安心させて下さい」
「どうすればいい?」
オルキデアが返すなり、アリーシャは部屋履きと床が擦れる音を立てながら、オルキデアに向かって駆け出してきた。
受け止めようとオルキデアが腕を広げると、その勢いのまま胸の中に飛び込んで来たのだった。
「アリーシャ……」
「オルキデア様にしばらく触れてもらえないかもしれないと思うと、すごく寂しい気持ちになるんです。だから、今だけ甘えさせて下さい」
シャツを握りしめて、肩を震わせながら身を寄せてくるアリーシャを抱きしめる。安心させるように軽く背中を叩くと、胸の中の愛妻はますます縋りついてきたのだった。
それからしばらくの間、二人は無言のまま、廊下で抱き合っていたのだった。