風邪【5】
アリーシャが目を覚ましたのは、夕方近くになってからであった。
時折、様子を見に行っては、氷枕を替えて、額の汗を拭いていたが、アリーシャが起きる気配はなかった。
夕食を用意してから部屋に向かうと、ベッドの上で半身を起こして、蓋が開いた青い小箱をじっと見つめる愛妻の姿が目に入ったのだった。
「もう起きていいのか?」
そっと声を掛けると、アリーシャは「はい」と小さく頷いた。
「ご心配をおかけしてすみません。今朝よりは大分良くなりました」
「本当か?」
ベッドに片膝をついて、アリーシャの頭を引き寄せると互いの額を合わせる。
「そうだな……。今朝より熱は引いたか……?」
額を通して伝わってくる熱は、まだ若干熱いものの、今朝ほど熱くはなさそうだった。
「そ、そうですね……」
アリーシャの吐息が顔にかかってくすぐったい。
名残惜しいが額を離すと、そっとベッドから立ち上がる。
「あの……さっき起きたら、この箱が電話機のところにあったんです。これを置いたのって、オルキデア様ですか?」
「そうだ。以前、結婚指輪を買いに行った時に話しただろう。
何かあって、一人で生きていくことになった時、生活の足しになる様な宝飾品を送ると」
以前、結婚指輪を買いに行った際に、契約結婚に付き合ってくれる礼として、宝飾品を送ると話していた。
離れ離れになった時や金に困った時に、それを金に換えて欲しいと言って。
「だからって、こんな高価なもの、受け取れません……。結婚指輪より値段が高かったと思います」
アリーシャの手には、親指の爪ほどの大きさの淡いコーラルピンク色の宝石とそれより一回り小さい薄紫色の宝石を、金色のチェーンで結んだネックレスがあったのだった。
「大した金額じゃないさ。あの後、指輪を買いに宝飾店に行った時に店主から聞いた。ローズクォーツのネックレス、本当は欲しかったんだろう?」
アリーシャに正式に結婚を申し込む前、用意があると外出したオルキデアは、結婚指輪を購入した宝飾店に向かった。
さすがに手ぶらで結婚を申し込む訳にもいかず、以前クシャースラが告白した時の話を参考に、セシリアが働く花屋で花を買い、宝飾店で宝飾品を買って、改めてプロポーズをしようと思ったのだった。
結婚指輪を購入した際、アリーシャが何かを食い入る様に見つめていたのが、ずっと気になっていた。
それもあって、あの時の宝飾店に行って、店主の老爺に聞いたところ、ローズクォーツのネックレスを見ていた事を教えてもらったのだった。
ただ、二人が来店した後に、別の客がネックレスを買ってしまったとの事で、オルキデアが尋ねた時には、ショーケースは空になっていた。
そこで無理を承知で、あの時と同じネックレスの取り寄せを頼んだのだった。
店主からは、石は一つとして同じものはないから、取り寄せたものが同じ色合いや石模様をしているとは限らない、と教えられた。
それでもいいからと頼んだところ、二人で海に行った次の日に店主から用意が出来たという連絡を受けて、アリーシャに内緒でこっそり引き取ってきたのだった。
「欲しかったというよりは、生存、母が大切にしていた指輪を思い出して、眺めていただけで……」
「それなら尚更持っていた方がいい。母親との大切な思い出だろう」
本当は指輪を買うつもりで、結婚指輪を購入する際に、アリーシャだけ全ての指のサイズを測ってもらった。
けれども、彼女が求めているものが指輪ではなくネックレスなら、そっちを買って渡した方がずっといい。
気に入ったのなら、肌身離さずにずっと身につけてもらえるだろう。
自分をずっと側に置いてくれるような気さえした。
それに、ただ単に取り寄せただけじゃない。
せっかくならと、ネックレスには刻印を刻んで貰った。
それを頼んでいたから、時間がかかったというのもあるがーー。