弁当【10】
「お前さんの母親について、意見書を提出しておいた」
「そうか。助かる」
「再来週に裁判なんて早くないか。いつもならもう少し自供させてから、裁判が開廷する筈だが……。急ぐ理由でもあるのかね」
クシャースラと二人でティシュトリアの面会に行ったのが先週のこと。
屋敷でティシュトリアが利用されただけであり、処分を軽くして欲しいという嘆願書を提出したのが昨日。
裁判の開廷が発表されたのが、今朝早くだったことを考えれば、何らかの理由で軍部が裁判を急いでいるとしか思えない。
「さあな。大方、早く済ませて、本命の元高級士官の裁判に入りたいんだろう」
「そうか……? まあ、そうかもしれんな。聞いたところによると、北部地域の戦局が悪化して、北東部もきな臭くなってきたらしい」
「ここ数年は、両軍共に北部地域で睨み合っていただろう。なんで、また……」
「そろそろ近いんじゃないか。大きい衝突が……」
オルキデアが北部基地であったあの悲劇。
あれ以降は細かい小競り合いはあるものの、特に大きな戦いはなく、両軍は睨み合っているだけであった。
不安定な均衡を保ったまま、今度は北東部にも戦いの火が広がろうとしていた。
「北東部ということは、ハルモニアの近くか……。何年か前のように国境沿いから侵入して、国際問題に発展しなければいいが」
「全くだ」
同意をしながら、クシャースラは今にもジンジャー焼きが溢れ落ちそうになっているサンドイッチを頬張る。
どこか拭いきれない不安を抱えたまま、オルキデアも愛妻弁当の残りに舌鼓を打ったのだった。
夕方、昨日よりも早い時間に戻ってきたオルキデアを、エプロン姿のアリーシャが出迎えてくれたのだった。
「お帰りなさいませ」
「……ただいま」
今ではすっかり馴染みとなった愛妻の出迎え。それに自然と答える自分。
だんだん、夫婦らしくなってきたと思いながら、オルキデアは「ほら」と白いケーキ箱をアリーシャに渡す。
「これは?」
「マカロンだ。アルフェラッツが結婚祝いにくれたブランデーケーキがあっただろう。それと同じ店で買ってきた。これも人気商品らしいぞ」
結婚祝いに貰ったブランデーケーキは、オルキデアがほとんど食べないまま、アリーシャの腹の中に収まった。
どうやら、アリーシャは酒に強いようで、匂いで抵抗する者が多いというブランデーケーキもペロリと平らげてしまった。
本人に聞いたが「酒はほとんど飲んだことが無いから、酒豪かどうかわからない」と首を傾げただけであった。
最近は滅多に飲まないが、機会があればアリーシャと酒を酌み交わすのも悪くないかもしれない。
「マカロン……って名前なんですね。初めて聞きました」
「ハルモニア発祥の菓子らしいな。元々はペルフェクトの北部地域の伝統菓子で、それをアレンジしたとか」
店頭でマカロンを勧められた際に、店員から聞いた話をそっくりそのまま話すと、「そういうお菓子があるんですね~」とアリーシャは納得したようであった。
「食べるのが楽しみです。夕食のデザートに食べますね」
「そうしてくれ。今日の弁当の礼だ」
完食した弁当箱の包みも渡すと、アリーシャは困ったように顔を曇らせたのだった。