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墓前へ【6】

「幸せか……」


 アリーシャの手を握り返す。


「俺はもう幸せだよ。こんな俺の傍に、お前が居てくれて」

「私も嬉しいです。こんな私を傍に置いてくれて」


 どちらともなく振り向くと、顔を近づける。

 アリーシャにそっと口づけて、その桜唇をじっくり味わったのだった。


(父上。今度こそ俺は幸せです)


 こんなにも優しい妻に愛されて、そんな妻を愛して。

 誰かを愛して、誰かに愛される喜びを知れて。

 アリーシャと出会わなければ、この身体の奥から湧き上がってくるような、胸が打ち震えるような喜びを知らないままだった。


(今度こそ、寂しくはありません。彼女が傍に居てくれるから……)


 心の中で父に話しかけて、ゆっくり唇を離す。

 ほんのりと頬を染めたアリーシャと目が合ったのだった。


「幸せになろう。その為なら、俺はなんだってしよう」

「幸せになりましょう。これからは二人で」


 そうして、二人は立ち上がる。

 膝についた落ち葉や枝を払うと、互いに手を差し出す。

 手を繋ぐと、どちらともなく指を絡めたのだった。


 父の墓石から離れながら、「そういえば」とアリーシャは思い出す。


「昔、聞いたことがあります。一人ぼっちの人間でも、二人合わされば一人じゃなくなるって」

「それはそうだろう。一と一を足せば二になるんだからな」

「二人になるのは簡単です。でも、それって見かけだけじゃないですか。心はずっと一人です。それって、なんだか寂しくないですか?」

「そうだな……」

「でも、お互いに相手を想い合う気持ちを忘れなければ、一人じゃなくなります。相手を想い合うというのは、常にその人の心に誰かが居るということですから……」


 舗装されていない山道を二人で降りながら、話しを続ける。


「それが本当なら、俺はずっと一人じゃなかったことになるな。……ずっとお前を想っていた」


 恋心に変わる前、まだ記憶がなかったアリーシャを保護した時から、オルキデアはずっとアリーシャのことばかり考えていた。

 あれも、想っていたことになるのだろうか。

 それとも気付いていなかっただけで、あの頃から、既にアリーシャに好意を持っていたのだろうか。


「私も想っていましたよ。部屋を片付けながら、屋敷で待ちながら、ずっと……」

「そんなに前から想っていたのか?」

「出会った時も、軍部でも、私に優しくしてくれるのは、いつも優しいオルキデア様だけだったので……」

「嬉しいことを言ってくれるな」

「嬉しいですか?」


 キョトンとした顔で尋ねられて、その無防備な様子に身体がむず痒くなる。


「嬉しくて、照れてしまいそうだ……。褒美をやろう。こっちを向け」


「はい?」と振り向いたアリーシャの唇に、オルキデアは口づけたのだった。


「えっ……!?」


 すぐに離れたが、真っ赤になって慌てる姿が愛おしくて、また触れてしまいそうになる。


「今、唇に触れて……」

「褒美だからな。また俺が喜ぶようなことを言ったら、キスをしてやろう」


 墓石の中を抜けて、駐車場まで歩きながら、アリーシャがボソッと呟く。


「なんだか、出会った頃から変わりましたね……」

「お前を愛する喜びを知ったからな。俺自身もこんなに変わるとは思わなかった」

「でも、今のオルキデア様は最初に出会った頃より親しみを感じて、話しかけやすいです」

「最初から寛いでいたお前に言われたくはないな」

「あれでも、何をされるか、何を言われるか、緊張していたんです!」

「どうだかな」


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