不安と寂しさと【2】
(庭の梯子でも倒れたか?)
その頃、厨房でお湯を沸かしていたオルキデアは、庭から聞こえてきた物音を聞きながらそんなことを考えていた。
以前、庭の手入れをしているメイソンが、大きな梯子を持っているのを見たことがあった。
今の物音はきっとそれが倒れた音だろう。外壁や庭に被害が出ていなければいいが。
(外壁が壊れていたら厄介だな。修理を頼まなければならん)
庭についてはメイソン氏に頼めばいい、だが建物に損害が出た場合、家主のオルキデアが修繕の手配をしなければならない。コーンウォール夫妻やセシリア、そしてアリーシャが怪我でもしたら一大事だった。
軍部とは違って持ち家はそこが面倒だ。その時はメイソンに腕の良い大工でも紹介してもらおうか。
オルキデアが息を吐くと、丁度やかんのお湯が沸いたようだった。火を止めるとマルテが用意してくれていたカップと茶葉を使って二人分のお茶を淹れる。
茶葉が開いて芳しい香りが辺りを漂うと、その香りが消えない内にオルキデアは厨房を後にしたのだった。
カップが載ったトレーを持って部屋に戻ると、ソファーに座るアリーシャに近づく。しかしさっきとは違って、アリーシャの様子がどこかおかしいことに気づいたのだった。
「アリーシャ?」
ソファーの上で身を守るように縮こまっていたアリーシャだったが、オルキデアに気づくと顔を上げる。安堵したのか、アリーシャは笑みを形作ろうとしたが、すぐに唇を噛むと目を伏せてしまう。
「寒かったか? 何か上着でも貸すか?」
「なんでもないです! 本当になんでもっ!」
恐縮しているのか何度も首を振って断るものの、どこか青白い顔をしているのが気掛かりだった。けれども本人が何も話さない以上、オルキデアも聞くことが出来ず、本人の言葉を信じるしかなかった。
テーブルにトレーを置いていつものように対面に座ろうとすると、「あの……!」とアリーシャに声を掛けられる。
「隣に座ってもいいですか……?」
「別に構わないが……」
それなら立っている自分が動いた方がいいだろうと、オルキデアは立ち上がろうとしたアリーシャを制して隣に移動する。
アリーシャの隣に腰を下ろしてカップを手に取ると、トレーごとアリーシャにもカップを差し出す。恐る恐る両手でカップを受け取ってカップに口を付けるアリーシャを横目で見ながら、オルキデアもお茶を飲む。
怖い思いでもしたかのように固まっていた頬が弛み、小さく笑みを浮かべた姿を見ると、ようやくオルキデアは声を掛けたのだった。
「それを飲んだら、身体が温かい内に寝た方がいい。風が吹き始めたから今夜は冷えるぞ」
「そうですね。温かい物を飲んで落ち着きましたし、今度こそ寝れそうです」
「俺も今度こそ寝れそうだ。こうも寝具が柔らかいと、落ち着いて眠れん」
少しでもアリーシャの気を紛らわせようと肩を竦めて見せると、アリーシャは驚いたように目を見張る。
「オルキデア様もですか?」
「ということは、君も?」
「私もベッドがふかふかで落ち着かなくて」
はにかんだように微笑むアリーシャと顔を見合わせると微笑み合う。
するとまた強風が吹いて、窓ガラスが大きな音を立てたのだった。