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デパートの屋上の望遠鏡

 閉鎖したデパートが取り上げれれると、どうしてもノスタルジアが辺りを占めてきます。

きらびやかさより、大食堂、屋上遊園地のこども時代の思い出が鼻をくすぐります。小さな王様だった頃のパラダイスに間違いありません。

 夏の雨は冷たい。小さな王様だったあの頃を思い出すと、その残像がまだ隣に(とど)まっているようで、余計にその寂しさを感じるものだ。


 めずらしく飲み会に誘われて、デパートの屋上のビアガーデンまでやってきた。

 あいにくの雨模様で、主催者側が昼のうちにさっさと屋内への会場変更をしたので、ビュッフェスタイルの大小入り混じった相席宴会と何ら変わらない様相を呈してる。夜が深めに沈んだ方がムードがあがる催しもののベリーダンスも日の落ちる前から始まって、お客の掃き出しに一役貢献しているようだ。

 最近は、ジョッキビールなど飲みつけていないせいか、2杯3杯の往復で酔いよりも腹のくちくさが先に立つ。なんだか上り調子のテーブルが鼻について、折角よんでくれたのにそこからも離れてしまった。


 エスカレーターは催事場のある7階で切れている。ビアガーデン会場だった屋上へは階段を使って登っていかなければならない。雨はとうに上がって、早めに見切った主催者を恨めしそうにしている顔がみえてきそうだ。

 雨に濡れた万国旗が、どれひとつ何処の国の旗かも示せないまま、此方を向いている。誰もいないデパートの屋上を見渡すと、閉鎖前に入った動物園の虎、ヒョウ、ライオンたちの顔が思い出されてきた。

 あのときも雨の日だった。降っていたか止んでいたかは覚えていないが、冷たく暗くどんよりのひとひとりいない檻の前だった。かつての猛獣たちは、珍しくやってきた人間などに興味なさそうに、みんな呆けた顔をしていた。

 ついこの間まで、たくさんの子どもたちの目にさらされていたのに、そんなことは忘れてしまったかつての猛獣たちの場違いの顔。


 なぜだろう、か。

 動物園とデパートの屋上、かつてのたくさんの子どもたちの目。  

 あぁ、此処はかつて遊園地だったのだ。

 デパートの屋上は、この下の大食堂と並ぶ40年前の子どもたちの憧れのパラダイスだったのだ。


 といっても、活発な子どもでなかったわたしは、回るもの、動かすものには興味はなかった。

 望遠鏡。一回3分20円の海に向かっている望遠鏡で船を見つけ出すのが楽しみだった。


 お目当ての船はタンカーだったと思う。石油をたくさん載せて、姿勢を低く海面を這うように航行するタンカー。同じ大型船でも、コンテナ船は様々な色した荷物がブロックのように見えるので探しやすかったけれど、タンカーは見つけるのに手間取った。池の水面すれすれに移動するゲンゴロウの黒光りする甲羅のような薄い鉄片を探し続けた。


 幼い日、わたしは5才だった。

 屋上へは、下で買い物してる母と別れ、父とふたりで上がることが多かった。わたしが「ぼうえんきょう」というとき、すでに先客の親子がつかまっている。ひと見知りで内弁慶のわたしに代わり、父はその後ろで順番を待つ。

 20円が切れて、おしまいになった先客の子の残念な声とわたしの心の歓声は一緒に重なる。それが、「もう一回、もう一回」の連呼が聞こえだし、父親同士お互いを譲る笑顔に父はいつも負けてしまい、ベンチにいるわたしを振り返る。


 「あと、3分まっていて」

 わたしの「あーああぁ、あーああぁ」の声が聞こえているはずなのに、あの子、きっと、次ももう一回って言うに決まってる。さっきだって初めてじゃない、もう3回も見続けているのに。

 そんな小さな針が刺さったか刺さってないのか、父は小さなわたしのための踏み台を両手に持ったまま、その親子の後ろを待ち続ける。


 結局、そのあと6分待って、わたしは望遠鏡の前にやってきた。

 またせてゴメンゴメンと、父は謝りながら


 父は20円入れて望遠鏡をセットする。東から西、右から左に何度か往復して、目当てのタンカーを見つけてくれる。

 その間、我慢できずに踏み台に陣取っているわたしは、まだかまだかの催促を送る。父の「見つかった」合図をみつけると、位置をずらさないようにとゆっくり手渡す父の手を乱暴に扱いながら望遠鏡を覗くのだ。

「見えない、見えない、見えないよー、空ばっかりで何にも見えないよー」

 父は黙って代わって望遠鏡を覗き、先ほどの位置に揃えると今度は手を放さずにわたしに渡す。

 見えているのかいないのか。平べったくて黒い針金にしか見えないものがタンカーなのかどうか怪しいけれど、自分だけが見つけれないのが悔しくて、見つけた歓びがなくても「見えた、見えた」とはしゃいで見せた。


 そんな記憶が残っている。すれた可愛げのない子ども。それなのに一人っ子だからと猫っ可愛がりしてくれた両親。


 その父はもういない。母はもっとその前に死んでしまった。あの日ばかりでない幼い日をどんなに詳しく思い出してみても、ひと見知りで内弁慶だった子どもを知るひとはもうこの世にはいなくなったのだ。


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