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AillΩleadeA *Luciferia Lazward*  作者: 嘉見佳助
Act.1 Episode.1 【英雄】と【災厄】
8/55

伽藍堂に焔が灯る。

 ひとしきりミラーナが喜び終わった頃には、カインにもいくらか余裕が戻っていた。大きく息を吸い込んで、吐く。

(落ち着け、俺)

 驚愕と歓喜と、あと他にも色々なものに振り回されて、何というか、知らない感覚が身体に乗っかっている気がする。

 これは何だったか、と考えて、すぐに気付く。

(疲れた、んだな。これは)

 疲れ。疲労。今のカインは、そういったものを抱えているのだと考える。

 でも、不思議と気持ち悪くない。常であれば、痛みの余韻と共に、状態が落ち着くまで耐えねばならぬ代物だ。こんなに気持ちよく疲れることが、人の身で出来たのかと、しみじみと実感した。

 振り回すことこそやめたけれど、未だカインの手を握り締めているミラーナ。カインが目を向けると、当然のように笑顔を向けてくれて、心の奥がさわさわと微かに震える。これは……くすぐったい、というんだろうか。

「そうだ! ねえ、カイン──」

 笑ったまま、ミラーナが何か閃いたように口を開く。名前を呼ばれた。

 刹那。



 プツン、と。



 灯りが途絶えたように。あるいは糸が切れたように。

 瞬き一つで景色が黒くなって、もう一度同じように瞬きをすれば、見慣れた赤い天蓋がそこにあった。視界の隅には、やはりいつもと同じ、黒い絹のカーテン。

 カインは、咄嗟にがばりと身体を起こす。座っていたはずの身体は横になっていた事に、起き上がってから気がついた。今自分がいる場所を確認する。

 ……いつもの、場所だ。いつもの部屋だ。自分の身体に見合わない大きすぎるベッドに、広すぎて、冷たいシーツの海。無意識に、頭を押さえていた。

 まだ耳に、ミラーナの声が残っている。心の中で響いている。はじめて感じた心地の良い疲労感も、ゲートに咲いていた赤薔薇の香りも、ミラーナと同じ名前をした空色の花の美しさも、全部、思い出せる。覚えてる。

 これは、なんだ。

 訳が分からなくなって自然と呼吸が乱れてくるカインに

「起きたか。おはよう」

 何者かが知らない声で、言葉をかけた。

 すぐさまそちらを見る。見たこともない大人がいる。ベッドの端に、自分がそこにいるのが当たり前だと言わんばかりに腰掛けていた。

 自分が今まで見てきた男の誰よりも大きい大人だった。だけど年を何十年も重ねているようにも見えない。……青年、と言うべきなんだろうか?

 青年は漆黒の髪をしている。額へ巻き付けられている赤く長いバンダナの端が、ベッドのシーツに触れていた。

 そして、炎のように揺らめいているように見える、青年の紅蓮の瞳。その不思議な瞳に、青年と同じ色の髪をしたカイン自身が映し出されている。

 青年の瞳は優しかった。ミラーナが向けてくれた目とは、また違った感情がそこにあるのだと、カインは自然と受け入れていた。

「悪い。まだ、俺もあんまり時間が取れるわけじゃねえんだ。だから何の説明もしてやれない。でもようやく、〝繋がった〟。俺も、お前の前に、出てこられるようになった。……今まで一人きりにして、すまなかったな」

 青年の腕がぐんと伸ばされたのを見て、咄嗟にカインは身構えた。

 どんな事をされるのかと恐れたカインにやって来たのは、その髪を些か乱雑に撫で付ける感触。

「今の俺に言える事はこれだけだ。いいか。決して諦めるな。絶望に屈するな。あの胸糞悪い大人どもが閉ざしたお前達の明日も、未来も、全部切り拓く。その為の俺と、俺達だ」

 そうして最後に、ぽん、と優しく頭を叩かれて。

「ミラーナと仲良くな」

 その穏やかな言葉を最後に、青年の気配は消えた。

 勢いよく顔を上げる。

 たった今まで触れていたはずの手も勿論消えていて、シーツの上にだって、青年が座っていた痕跡すらも残っていない。

 いつもなら絶対にしない雑な動作で、ベッドから飛び降りた。飛び退いた、とも言える。

 幼い少年一人には広すぎる部屋の中には、誰もおらず、しんと静まりかえっている。誰かが訪れていた気配などなく。常と同じように、昨日と同じ位置に着替えがあって、恐らくはもうすぐ、同じように傍仕えが朝を告げに来るのだろう。

 ……だけど。

「…………」

 はじめて、名前を名乗った事を、覚えている。

 はじめて、この名前を呼んでくれた声を、覚えている。

「……『お揃い』だって、笑っていた」

 カインと同じだと、笑って、はしゃぎながら喜んだ女の子がいた事を、覚えてる。

「諦めるな、って言ってくれた」

 ベッドの上で見た、自分と同じ色の髪と、不思議な煌めきをした紅蓮の瞳を、覚えている。

 大きな手でこの頭を雑に撫で付けられた感触を、覚えている。

『ミラーナと仲良くな』

 そう穏やかに告げてくれたのを、覚えている。


 きっと大人達は言うのだろう。

 そんなものは幻だと。夢で、幻覚で幻聴で、そんなものありはしないのだと嘲笑うのだろう。

 だから、カインはそれを全部自分の中に秘める事にした。絶対に、誰にも、渡しなどするものかと決意した。

 ただの夢などと嗤わせるものか。

 ありもしない幻覚などと憐れませるものか。

 聞こえるはずのない幻聴などと蔑ませるものか。

 これは全部、真実ほんとうだ。

 地獄しか知らない幼い少年が、全てを懸けて託すに値する真実で、希望だ。


 顔を上げる。

 寝衣を脱ぎ捨てて、いつもの服に袖を通す。

 耐える。耐えてみせる。何があっても、どんな事が起きようと。大丈夫だ。何も存在しない空っぽの身体に、ついに光が灯ったのだ。小さくて、ささやかなものだとしても、それでも、この温度があれば、決して挫けない。そんな事はしない。

 今日もまた地獄が訪れる。昨日までは無為に受け入れていたそれに、少年ははじめて、立ち向かう意志を、心の奥底深くに根差したのだ。

閲覧頂き、本当にありがとうございます。

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