【 】の目覚め。
少年は目を覚ます。
決まった時間に、決まった場所で。目を開いて一番に視界に入るのは、深紅の天蓋。次に黒の絹で出来たカーテン。
齢八年となったばかりの幼い身には到底釣り合わない長大なベッドの真ん中で、少年は無機質な動きで身体を持ち上げた。やたらとさらさらしている幾重かに重なったシーツの海など意に介さず、するりとベッドから出る。
黒のカーテンから抜けた先にあるのはやはり、幼い少年にはとても似つかわしくない、優美であまりにも広い部屋。少年一人、どころか大の大人が五、六人いても尚余りある場所。
床には、部屋の端から端までに敷かれた、床の堅さを全く感じさせない赤の絨毯。絨毯の幾何学模様は、上下左右にまんべんなく、人ならざる者が作り上げたのではないかと見まがうほどの正確さで織られている。
天井には透明なクリスタルで出来上がった細やかなシャンデリアが二つ。そのどちらにも、シャンデリアを引き立てるように小さなサファイア達が飾られている。
部屋を囲む壁も勿論、真白で、染み一つなく。外を臨むことの出来る窓達の枠に填められた硝子にも、やはり微かな傷すら刻まれていない。その両横に下げられたカーテン達は見ただけで最上級のものを使っていると分かるほどにしなやかで柔らかく、それをまとめる為の青の留め紐ですら、細やかに編み込まれ、等間隔に宝石を織り入れた逸品である。
ベッドが設置されている場所の向かいの壁側には、天井まで届くほどの本棚と、そこにぎっしりと詰められた真新しいものから古びたものまで揃えた、数多の書物達。
ベッドと本棚の間、丁度中央部に位置する場所に置かれているのは、恐らくは勉学用であろうテーブルと、椅子。各々一つずつ。
机の上には鈍く銀に光るペンと黒のインク。その横にシャンデリアと同じクリスタルを使ったのだろう透明なランプ。それから何かを書きかけたノートが一冊。
椅子には、座る者に極力負担がかからないようにする為か、台座や背もたれに白のクッションが、必要な場所に必要な分だけ設置されている。また肘置きには、あくまでも座っている者の邪魔にならない部位に、細やかな装飾が施されていた。
部屋の中央に、先ほどの机を、そのまま大きくした来客用のテーブルと、テーブルを挟み向き合うように設置された四つの椅子。やはりこの椅子も先ほどのものと同じ作りで、同じように、白いクッションが寸分の狂いなく敷かれている。
本棚。机。椅子……それらは全て、黒檀の無垢材が使われていた。
窓側とは反対側には上品な金で出来た枠の中に絵画が飾られ、薄紅の宝石で作られたフロアランプによって照らされている。風景画。抽象画。人物画と様々なものがあるが、どれも長い年月を経た年代物であるのは明白だった。
それら全てに、少年は全く意識を向けない。
見慣れているわけではなかった。純粋に興味がなく、どうでもいいものなのだと、その表情が物語っていた。
少年が、ベッドサイドへ目を向けた。ステンドグラスのような美しい作りのサイドランプのすぐ横に、一着の服が当たり前のように置いてある。
傍仕えの者が準備した、いつもと何一つ変わらない服へ、そうする事が当然であるように、手早く着替える。着ていた寝衣は、折り畳んで、今着用している服があったところに。
それと同時に、部屋の扉を二度、ノックする音がした。少年が返事をするより前に、
「おはようございます」
と少年に配置された、数え切れないほどの傍仕えの者達、それらをまとめている初老の女が部屋に立ち入り、頭を下げた。
「朝食の準備が整っておりますので、まずは食堂にお越し下さい。そして、朝食後の、本日のご予定をお伝えします。午前は剣技の鍛錬と世界史の講義。昼食を挟みまして、魔力鍛錬、身体鍛錬、夕食となります。夕食後は古代セイラス文明の講義の後、ご入浴を挟み、就寝となります。何かご質問はありますでしょうか」
「何も」
間髪入れず答える少年。
女もそれを分かっているかのように再び一礼すると、
「では、失礼致します」
と踵を返し、部屋を出て行った。
部屋に残された少年は目を閉じる。
ああ。今日も地獄が始まる。
幼い少年は、ただ、それだけを思った。
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