千年前の災害。今詠み上げられた【災厄】。そして、世界は混沌と化す。
かつて、世界を未曾有の大災害が襲った。
滅びを待つしか出来ずにいた人々を救ったのは、【英雄】と【聖女】。そして、【龍】。
やがて、【英雄】の末裔達は自分達を、この世界を支配するに足る者、《メドゥン・ゼタス》──古き言葉で、【支配する者】の意を持つ名前を掲げ、数多の国々を統べるようになる。
一方、【聖女】の末裔達は、この世の安寧を守る者、《ヴィア・セリッジ》──【守護する者】と呼ばれ、人々の為に尽くしたと言われている。残る【龍】は、役目を終えたとでも言うように、いつの間にか、その姿を消していた。
かつては世界を救った【英雄】と【聖女】の末裔であろうとも、それぞれが選んだ道は全くの別のものであった。
【支配者】は、世界の統治を。
【守護者】は、人々の救済を。
それは、些細な差であったのかもしれない、けれど、確かに一度、互いの道を違えてしまった事で、いつしか自ずと衝突し合うようになる。
世を統治する【支配者】と、人を守る【守護者】……両者の戦いは、暗黒時代とも言える混沌とした時代を引き起こす事となった。
いつしか、ヒトという枠を越え、新たな種となりつつあった、【支配者】と【守護者】。それらを敬う者、崇める者、恐れる者、忌避する者……。
多くの人を巻き込みながら長く続いた両者の戦いは、やがて拮抗し、一時の平穏を取り戻す事になる。例えそれが偽りの平和であろうとも、世に生きる数多の人々は、束の間の安寧に感謝し、それを享受した。
そうして時は刻まれ続け、大災害から千年が経とうとする、緑響暦、九百八十二年。
【支配者】や【守護者】は勿論、世界中の占者、預言者や先見者達がほぼ同時期に、一つの、全く同じ預言を世と人々に下すという、異例の事態が起きる。
その預言とは、最も古き血が産み落とす金色の災厄と、それを討ち滅ぼす英雄の誕生。
災厄が存在し続ければ世は滅ぶ。英雄が災厄を討てば、永き平穏を得る。故に、英雄の勝利を願え、と。
その二年後にあたる、緑響暦、九百八十四年。
世界三大大陸の一つ、セイレーヌ大陸に居を構える、世界最古の国。帝国セルアリーシャにて、新たな皇族の誕生が大々的に発表された。双子の、男児と女児。うち一人である女児は、預言をなぞらえるように、あるいは証明するかのように、その瞳に金色を宿していたという。
更に、緑響暦、九百八十六年。
セイレーヌ大陸と同じく、世界三大大陸に数えられるエイリオル大陸の最大国家、王国エルシードが、預言の英雄の誕生を掲げる。
その時、英雄として人々の前に姿を現したのは、王国に忠誠を捧げた誇り高き騎士……ではなく、うら若き王国近衛兵団団長、その息子である、まだ齢五つほどの少年であった。
当時のエルシードの行ないは、単純に国民の士気を高める為とも、預言通りの災厄とおぼしき子が生まれたセルアリーシャへの牽制とも言われているが、真偽の程は、未だ、不明のままとなる。
しかし、緑響暦、九百九十一年。
エルシード国内にて、
「英雄たる少年が、忽然とその姿を消した」
などと、まことしやかに囁かれるようになる。
国家側は、そのような事実は一切無いと否定。成長した英雄も、度々国民の前に姿を見せ続けたにも関わらず、〝英雄消失〟の疑惑は、民の間に根付き続け、消える事はなかった。
同じ頃、【災厄】を産み落としたとされるセルアリーシャでは、預言とは別の、国の行く末を左右する重要な問題が浮上していた。
皇帝ヴェルカディウス=イスビア=セルアリーリャの後継者争いである。
既に齢八十を越えていた皇帝には、正妻と三人の側室がおり、彼女達との間に、八人の息子と六人の娘があった。更に、その子ども達もそれぞれが妻を娶り、あるいは夫を迎え入れ、子を成していた。
数十人にも及ぶヴェルカディウス直系の皇族達、その中で後継者候補として白羽の矢が立てられたのは、僅かに二人。共に、ヴェルカディウスの正妻、皇后エリザベートゆかりの存在。
一人は、十四兄弟の長兄。帝国第一皇子シーザー=イスビア=セリアリーシャ。
一人は、帝国第八皇子レオンハルトの子息であり、緑響暦九百八十四年に生まれた双子達の父。ミストラル=イスビア=セルアリーシャ。
二人の皇子を中心とした皇位継承を巡る争いは肥大化し、自然と、帝国国内の貴族達は派閥を成した。
シーザー派、ミストラル派、それ以外の皇子や皇女、それらと縁のある貴族を支持する者……継承者候補本人が意図せずとも、それら派閥の熾烈な争いは、帝国国内を大きく混乱させた。
だが、皮肉にもその混乱が、帝国国内における預言──つまり、【災厄】と詠まれた女児の存在を、人々の記憶から遠ざけていた。
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