VRMMOに突撃しよう!
「VRMMO……来たの!?」
私はソファに逆さに寝転びながらネットサーフィンを始めようとしていた。
そんな時発見したのは、SNSのトップトレンド欄に載っていたVRMMO――『Unlimited=Possibility』、略してUPの発売日決定の知らせだった。
当然ネット世界の情報通である私は、UPが開発中なのは知っていたけれど。まさかここまで早く発売が決定するとは思わなかった。
ソファからずり落ちて、私はそのニュースを詳しく読む。
「なるほどなるほど……」
発売日は大体1ヶ月後。ただし予想される大量の注文に対してハード側の生産が追いつかない為に、抽選での販売になるらしい。まあ別に私なら一発で当てられるし気にしなくて良いか。
そう考えている時、私の元へ一通のボイスチャット申請が飛んできた。
相手は私の一番の友達、白雪ちゃんだ。当然受理する。
『四季!起きた!?』
やけに興奮した声色で、白雪ちゃんは私に言葉を投げかける。
なるほどね。白雪ちゃんの言いたいことは分かったよ。
『ははーん。VRMMOでしょ』
そう言った途端、ボイスチャットの向こう側から「うっ」といううめき声が聞こえてくる。
『何故っ……いや、まあ四季だもんね』
さて。私は白雪ちゃんにこのボイスチャットの真意を問いただす。
白雪ちゃんが、ただVRMMO発売決定の喜びを共有するためだけに繋いでくるとは思えないからだ。
『で、本題は?』
『は、話が早いわね……じゃあ結論から話すんだけれど。UPの中では、現実のしがらみから解放されるの』
しがらみ。束縛になるものみたいな意味だったか。
……んー?つまり、どういうことなんだろう?
『現実世界のストレス的な?』
私は尋ねた。しかし即座に、違うわと白雪ちゃんに言われる。
じゃあ何なんだろ?……まさかこの世界に生きていることとかか?やべぇよ。まさかのデスゲームか。
『何を考えてるかは知らないけど……もっと根本的なことよ。四季が抱えてるあの怪我。それがUPの中では消え去るの』
『……えっ?』
私は呆然となって白雪ちゃんの言葉を反復する。
あの怪我。つまり、私が昔アスリートを目指していた時に負ってしまったあの治しようもない傷害のことだろう。
……本当に?
困惑が私の頭の中で渦巻く。いや、白雪ちゃんを疑うなんてとんでもない。
白雪ちゃんが本気で私に伝えてきた時、嘘を付かれたことなんて無かった。
結構な間の沈黙の後に、私は言葉を発する。
『…………ってことは、私好き放題動けるの!?動きすぎの心配しなくてもいいの!?』
『その通りよ。まあ、UPの中限定の話になるけれど』
『それでも全然良いよ、一杯運動できるなら……!』
私の目が、少しだけ涙で潤む。
昔から、私は運動することが好きだった。
だから、トップアスリートになることを夢見ていたのだ。
高校生の頃の話だ。
才能こそ突出してある訳では無かったが、それが気にならない程の沢山の努力で県内トップクラスには上り詰めた。
そして、これから全国を狙おうとしていた時。私は、膝に大きな傷害を負った。
「ウチが貧乏でごめんね……本当に……」
「……ううん、良いの。しょうがないよ」
その時の母親との会話は、今でも思い出せる。
その怪我から復帰するには、手術が絶対必要だった。
けれど、その手術は高額なもので。更に、私の家はシングルマザーでかなり貧乏な家だったのだ。
結局、私は手術費用を集められずに保存療法(手術を行わないで治そうと頑張ること)を選択。けれど、保存療法を選択した場合は日常的な運動こそできても競技レベルのものは一生禁止される。
結果、私のアスリートへの道は閉ざされ。暇さえあれば1日中行っていた程好きだった運動も、1日1時間を限度にしなければならなくなったのだ。
……けれど。白雪ちゃんの言うには、このVRMMO――UPの中ではそういった怪我からも解放されるらしいのだ。
つまり。運動ができる!有り余っているこの体力の使い道ができる!
『良いこと教えてくれてありがと。発売されたらさ、一緒にやろうよ。白雪ちゃん!』
『勿論』
そして、ボイスチャットは切れる。
それから少し。白雪ちゃんから聞かされた時は実感こそ沸かなかったが、時間が経ってから急に嬉しさが溜まってきた。
「いや、いやいや。本当に運動できるの!?やった!やったー!」
私は狭い部屋で大声を上げて小躍りする。すると隣の人に壁を思いっきり殴られた。
「す、すいません……」
私は平謝りした。
――――
1ヶ月後。
抽選への応募はしっかり済ませ、私は白雪ちゃんとビデオ通話を行いながら結果を待ち望んでいた。
『後10秒……!』
私はお祈りのポーズを取る。
人間、無神論者だとしてもこういう時は神を信じるのだ。都合が良いよね、本当。
『4、3、2……来たわね!』
『来い!』
私と白雪ちゃんの、タップ音が重なる。
結果は――。
『……っ!ったああぁぁぁ!』
白雪ちゃんが、0時ということもあり声を控えめにしながらも堪えきれない喜びを見せる。
だが、一方の私は。
『なん……だと……』
駄目でした。
お祈りされちゃったわ。
『った!どう!?四季!?』
『畜生ぉぉぉ!』
私は叫ぶ。深夜テンションだ。
思いっきり壁が殴られた。すいません。
『うひゃい!』
結構な“圧”を感じる。ビビって私は倒れた。
画面越しに白雪ちゃんが不安げに、また気まずそうに覗き込んでくる。
『え、もしかして四季って当たってないの?当たってる反応だと思ってた……』
『そうですよ!』
私は立ち上がって椅子にドカッと座る。
絶対当たるものだと思ってた。というか外すつもりは無かったのに。
くそぉ。速攻で当ててダッシュで遊ぶつもりだったのに。あてが外れたな。
完全にやる気を無くした様子の私に、白雪ちゃんがおずおずと話しかけてくる。
『……私のライセンス、代わりに渡す?』
『いや、それは良いよ』
私はキッパリと断った。
当然滅茶苦茶欲しいのだが、それ以上に白雪ちゃんの方が大切だ。
というのも、白雪ちゃんは白雪ちゃんで何かしらの理由でこのゲームをものすごい欲しがっていたのだ。そんな人から、同情で欲しがっているゲームを貰うなんて後味が悪い。
『そう?まあ……四季らしいか』
少し笑って、白雪ちゃんはありがとう、と呟いた。
『じゃあ購入しますね。ポチッと』
ビデオ通話の画面に、白雪ちゃんが購入した様子が映る。
『じゃあ、私は先にUPで待ってるわ』
『私もすぐ行くからね、待ってて』
『勿論』
こうして、白雪ちゃんは私より先にUPの世界へと足を踏み入れた。
――――
それから1週間後。
抽選、第二回結果発表の時が訪れた。
無論、白雪ちゃんとビデオ通話を通話を行いながらである。
『……来い!』
私は相変わらず神に祈りながら届いたメールをクリックする。
そして、その内容を見て。私は、俯いた。
『……ど、どうだったの?』
白雪ちゃんが恐る恐る私に尋ねる。
その答えは。私はバッと顔を上げる。
『――当選!やったああぁぁぁ!うおおおおおぉぉぉ!』
『やった!良かった……!』
画面越しに、私達はきゃっきゃと手を合わせる。
隣人が思いっきり壁を叩く音が聞こえているが、今の私には全くそれは気にならなかった。
後日私は隣人に菓子折りを持っていった。