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あの光の向こうに。  作者: あお
7/8

再会


バンドを組みたいと、そう思った。

上京してからずっと 1 人で歌ってきた朝陽にとって、初めての感情だった。ひとりっこの影響か、昔からひとりを好み、他人と何かを成した経験が少ない朝陽は、ひとりで歌うことに慣れていった。1 人でなら、誰かに迷惑をかけることもない。好きな時に好きなように歌えばいい。そんな逃避のような安心感に囚われていた。要は、どこまでもついて回る他人との関わりから逃げているのだ。。ステージに立ってスポットライトを浴びるより、暗闇で音だけを響かせるほうが向いている。そんな風に感じるようになっていた。おそらく遠い昔に手放してしまった希望という感情が、すぐ近くに転がっているような気がして、落ち着かなかった。別にそれをまた

手にしたいというわけではない。手にしたからといって、人が簡単に変わるものでもないと思う。ただ、今の自分とは違う何かになれる気がしていた。今の大嫌いで、大好きな自分から逃げられるような、そんな感覚。思わず朝陽は苦笑いしてしまった。僕はいつだって逃げてばかりだな。安全で安心できる場所を求め続けている。自分が傷つかなくていい世界、誰かを傷つけることがない世界。それができるのなら、新しい何かに手を出すつもりもない。静かにひっそりと息をして、誰も気づかないうちにこの世界からいなくなるんだ。積み重ねてきた月日は確実に朝陽の中に蓄積し、今となっては僕を構成する大事な要因となっていた。きっとこれを失ってしまったら、僕は僕ではなくなってしまう。そんな、変わることへの恐怖さえ生まれてきていた。


しかし、朝陽は心を揺さぶられていた。彼らの演奏に。そして、彼らと一緒に演奏した自分に。いつ崩れてもおかしくない僕の心は、ギターの音と自分の歌でなんとかここまでつないでくることができた。それがどうだ。彼らの楽器が、彼らの心が、僕の

心を確かに温めてくれた。このままどこへでも行けると思った。今まで築いてきたものすべてを取っ払って、新しく生まれ変わった僕は確かに羽を持っていた。忘れられない瞬間だった。彼らの笑顔や感情がオーディエンスに伝わり、彼らの晴れ渡った表情が僕の存在を認めてくれたかのようだった。


ここにいていいんだよ


そう言われた気がした。

高揚感をいつまでも忘れられなかった朝陽は、普段彼らが演奏していた場所に毎日通った。彼らは毎日演奏しているわけではないようだ。しばらく会うことができなかった。しかし、数日経って、ようやくかれらに会うことができた。いつものように丸く円を作り、まるでここが楽園なのかと錯覚させるような演奏。前回は興奮に追いやられ、冷静な思考回路を持ち合わせていなかったが、よく観察してみると、彼らはプロのように演奏が上手だった。つい空気感に気を取られていたが、あの空気感は彼らの息の合った完璧な演奏の上に成り立つものであることをひしひしと感じた。

「今日はスペシャルゲストが来ています。」

数曲終え、ライブが終盤に差し掛かったころ、ボーカルの少年が言った。突然の出来事に観客はざわついた。思わず顔を上げた朝陽はぱちりと目が合う。

「どうぞ。」

にこりと笑顔を張り付けた少年は、朝陽を招いた。

「最後は彼の歌を聴いてください。今日限定のスペシャルバージョンです。」


マイクだけ渡された朝陽は、突然始まる前奏に驚いた。前回とは違うイントロ。アレンジが加えられたメロディーは静かに朝陽の心に染み渡っていった。慣れ親しんだ曲なのに、はじめましてのような。大事に育ててきたのに、いつのまにか成長していた息子のような。朝陽の歌に合わせて、戯れるように曲が流れていく。オーディエンス含め全員で会話するような感情的なライブに、朝陽はあの日の感動を思い出していた。


「バンドがやりたくなった?」

ライブが終わったあと、ハルと名乗ったギターボーカルの少年が尋ねてきた。朝陽と同じくらい背がすらっと高く、芯が細い彼は笑うと目が細くなる。

「僕もよくわからないんだ。バンドを組んだこともないし。でも、あの日のセッションが忘れられなかった。」

半ば放心状態で本音を伝えた。隠しようもない事実だった。

「実はぼくらもね、そうやって集まったんだ。」

ハルの人懐っこく幼げな笑顔の中に、大人びた雰囲気を感じるのはなぜだろう。片づける手を休めることなく、語り続けた。

「いろんな駅で弾き語りをしていた人の集まり、ってところかな。」

「お互いに愛称しか知らない関係なんだ。みんなそれぞれ抱えているものがある。人に話したくない過去だってある。それでも音楽が大好きで、音楽がないと生きていけないっていう共通点が、僕らを繋いでいるんだ。」

綺麗な金髪が目を引くナオは、ムードメーカーなのだろう。生き生きと話をしている。こっちまで元気をもらえそうな笑顔だった。ライブでもよく話をしている少年だ。

「カホンたたいているのは、ヒロ。あまり喋らないし感情表現が苦手だけど、とってもいいやつ。」

ナオが楽しそうに話すのとは対照的に、ぺこりとお辞儀をするだけでヒロは無表情のままだった。しかし朝陽は覚えている。演奏している時のあの楽しそうな顔を。音楽が好きで仕方がないって顔をしていた。

「よろしく、朝陽。俺らは毎週金曜日にここに来るから、お前も来いよな。音楽で、一緒に会話しよう。」

楽器の片づけが終わったメンバーから帰ろうとするから、朝陽は急いで引き留めた。

「連絡先教えて。」

「忘れてたね。」

ナオが大きな声で笑いながら言った。

「俺らの音源も渡しておくな。じゃ、また金曜日。」

CD を手渡し、朝陽の肩にぽんと手を置いたハル。それを合図に各々帰路へと着いた。音楽を通してのみ、語り合う関係。過去も未来も、想いも全て音に込めているというのだろうか。朝陽は音楽を会話の手段と考えたことはなかった。ひとりでやっているときだって、例えお客さんがいても、想いは一方通行だと思っていた。僕に、このバンドのメンバーが務まるだろうか。ふとそんな不安が押し寄せてきた。未来はいつだって不確定だ。分からないから、怖い。分からないから、楽しい。この時の彼を占める感情は、圧倒的に後者であった。





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