孤独
翌日、いつものように雪は駅のベンチに向かった。いつものギターに、いつもの音楽、いつもの街に少し違いがあったのは、オーディエンスにあの 3 人組がいたことだった。路上ライブの後なのか、これから行うのか、彼らはそれぞれの楽器を持っていた。朝陽は気づいているのだろうか。いつもと変わりなく始まったライブだったが、いつもの歌に少し戸惑いが感じられる。朝陽も気づいているようだった。彼らは、朝陽が歌い終えて帰る支度を始めるまで、ずっとそこにいた。もしかしたら、雪が気づいていないだけで彼らはいつもいたのかもしれない。オーディエンスがいなくなっても、彼らはまだそこにいた。彼らはゆっくりと朝陽に近づくと、声をかけた。
「僕たちと一緒に音楽をやらないかい。」
朝陽の表情が固まったまま、動かなかった。朝陽の返事も聞かずに彼らは各々の楽器を出し始めた。そして、朝陽が状況を掴めずおろおろしている間に、セットは整った。朝陽を中心にした円形だ。
「何しているの、始めるよ。」
朝陽は無理やり楽器を握らされた。
「じゃあ、始めて。」
ギターを抱えた男の子がにこりと笑う。何が何だかわからないまま、朝陽は弾き慣れたあの歌を歌い始めた。歌い始めたのは、確かにいつもの歌だった。歌だけで始まり、やがてギターも加わる。いつもはそれで終わりのはずだった。しかし、彼らは朝陽に合わせて演奏を始めた。
まずはカホンから。
そして、
ベース
ギター
少しずつ重なっていく音は、静かに、力強く朝陽を包んでいった。いつも歌っている曲のはずなのに、まるで違う、初めて出会った曲のようだった。ほしい音が、必要なタイミングで隙間を埋めていく。混ざり合ったそれぞれの音は調和し、心地よく雪の耳に届いた。
最初から思っていたけれど、彼らはなんて楽しそうに演奏するのだろう。彼らの笑顔は、音楽の一部であった。いつの間にかいなくなっていたオーディエンスも増え、みんなが自由に体を揺らしていた。先ほどよりもはるかに人数が多い。彼らの笑顔が、音楽が人々の心の隅々まで満たしていった。
このままいつまでも歌っていたい
演奏していたい
この時間が終わらなければいいのに
孤独で歌っていた朝陽に光が差した瞬間だった。さびれた駅前の一角が、まるで世界の中心にあるような錯覚に陥った。楽しそうに体を揺らすオーディエンスの表情を見るだけで、生きる意味を見つけたような、自分が生きていることを実感できるような高揚感を覚えた。
「僕らと一緒にバンド組もう。また来るから、考えておいてね。」
曲が終わっても興奮が冷めず、いつまでもギターを抱えたままでいる朝陽にそう告げると、3 人はさっさと片づけをし、帰っていった。遠くから見ていた雪は、ひとり残された朝陽に駆け寄った。
「朝陽。」
「見てた?」
「うん。」
「僕、どんなだった?」
「今までで一番、」
「うん。」
「生きてるって感じだった。」
朝陽は雪のことなど見ていなかった。なにもない宙を見ていた。いや、そこにありありと浮かぶ希望や夢が、雪にははっきりと見えた気がした。