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あの光の向こうに。  作者: あお
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冬の日

朝陽と初めて出会ったのは、およそ半年前。たいして大きくもない駅のロータリー。お互いに一人暮らしをしていた雪と朝陽の最寄り駅だ。さびれた駅にも関わらず小ぎれいにされたロータリーを行き交う人々は、いい暮らしをしている人々のように見えた。実際のところはそうでもないのかもしれない。きっとどこかで質素な自分の生活と照らし合わせて考えていたのだろう。


そんな駅の片隅、自分の家とは反対側の出口。彼はアコースティックギターを抱えて座っていた。たまたまいつもと違う出口から出て、向こうにあるスーパーに寄ろうとしたことがきっかけだ。初めはそこまで気に留めていたわけではない。だれかいるな、程度の認識しかなかった。彼の前を素通りし、買い物を終えて帰ろうとしたときだった。

何げなく雪の耳がとらえたのは、例えようのない音。ポロンポロン、と彼の手から零れ落ちてくる音は、驚くほど繊細で、心の隙間に染み込んできた。呼び止められたような気がしたのだ。雪は咄嗟に振り向いた。誰かに届けようとしているわけではない、ただ、そこに音を置いているような、そんな歌に、歌い方に惹かれた雪はしばらくそこに立ち尽くしていた。白い息が空に舞う、冷たい風が温もりをさらっていく、そんな冬の日。行き交う人々はポケットに両手を突っ込んだまま、俯き加減に歩いていた。


それからしばらく、彼は毎日そこでギターを弾いていた。会社帰り、雪はスーパーで温かいミルクティーを買うと、彼からほんの少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。近づく勇気はない。声をかけるなんてもってのほかだ。ただ彼の歌に耳を傾けたかった雪は、待ち合わせているふりをすることにした。花壇にはきちんと整えられた緑が生い茂り、そっと寄り添う雪にどこまでも優しかった。


彼が歌う歌はいつも同じ、たった一曲。それでもなぜか毎日違う曲のように聴こえた。激しく心揺さぶる曲であるかと思えば、自然と涙が零れ落ちるような曲であったりするのだ。雪は不思議でならなかった。どんな生活をしていたら、どんな生き方をしていたら、こんな歌い方ができるのだろうか。まるでひとつのメロディーに自分のすべてをのせて歌っているかのようだった。もしかしたら、この曲を歌い終わった瞬間、彼は消えてしまうのかもしれない。自分の魂をすり減らして、自分が確かにここにいた証拠を刻み、そうした結果何も残らなくなってしまうのかもしれない。私たちの心に余韻だけを残して。

それに比べて自分という人間は、なんとシンプルなものか。朝起きて、会社に向かい、雑務をこなして帰宅する。誰の為でもなくご飯を作り、布団に入るだけ。今まで寂しさなんて感じたこともなかったのに、ふと悲しくなっている自分に気づいた。彼の歌があまりにも優しいから、それと相反する感情が生まれてしまったようだ。寂しさを埋めるように、愛しさを感じられるように、雪は毎日歌を聴きに行った。




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