崩章 : "幸せ"な顔
八幡東区内の病院に、ミヅカが搬送された。
「ミヅカ!? 目を覚ましてよ!」
ミユの叫びは届かない。
そのストレッチャーは、手術室の中へと運び込まれて行った。
その扉が、重く鈍い音と共に閉じられた。
「ミヅカが死んだら……リョウはどうなるの……?」
同じ病院の総合受付には、リョウが駆けつけていた。
「おい! 西原ミヅカは何処にいる!? 俺はそいつの兄だ! 何処だ! どうなっている!? 容態は!?」
病院内では到底聞くことは無いであろう叫びが、そこら中に響き渡る。
「落ち着いて! 今、病院の医者を総動員させて治療しています!」
受付の者が、落ち着かせようとするが、それが返って逆効果となってしまった。
「総動員!? それ程危篤な状態なのか!? という事は、手術室に居るんだな!? そうだろ!?!?」
「まさか、中に入ろうとしているのですか!? やめて下さい!」
リョウは、全力疾走で手術室へと向かった。あまりの速さに、誰も止められない。
「ミヅカぁっ…………」
手術室前の椅子に座り込んで泣くミユ。
そこに、病院にあるまじき程の足音が響いてくる。
「……リョウ!?」
リョウは、手術室前に到着した。
「この中にミヅカが居るんだな!?」
「え、ちょっと!? その中には入れない……」
「ミヅカのことは俺が一番分かるんだよ! 医者共には任せられない! 俺がやる!」
子供でも、どんな大人でも言わない様な衝撃的な発言と共に、手術室の扉を飛び蹴るリョウ。
「何を言ってるの!? 医者でもないのに出来るわけないじゃん!」
「人体の仕組みは簡単だ! しかも、デバイスが原因なのだから、俺がやらないと絶対に治らない!」
飛び蹴りを続けるリョウ。止められないミユ。
「どうしてそんなこと言うの!?」
「臓器や神経を破壊されている可能性がある! ミヅカの体格と、アレの負荷から考えると、それしか有り得ない! あいつは、必殺技を放ったんだよな……?」
「え……うん」
「嘘…………だよな?」
「本当だけ……」
「嘘なんだよな!?!?!?」
「嘘じゃなきゃ何!? 本当だよ!」
ミユの発言を聞き、リョウは飛び蹴りを止め、椅子に座り込んだ。
「絶望的だ…………」
「え……?」
「少なくとも、心臓は死んでいる。脳も、恐らく…………」
リョウは天井を向き、身体中の空気を全て吐き、最後にこう言った。
「また……"大切な人"を……失った…………」
それ以降、医者が手術室から出てきても、何も言葉を発することは無かった。
手術を終えた医者は、こう言った。
「もう…………厳しいです…………」
その宣告は、あまりにも残酷で冷酷なものだった。
ICUには、リョウとミユ、そして、意識のないミヅカが居た。
「ミユ…………俺は、誰を頼ればいい? 大切な人は…………もう…………」
「諦めないでよ…………まだ死んでないのに…………」
リョウは、拳を握って震えていた。
祈るように。
しかし――――
その一定の音は、この部屋中に響いていた。
残酷な運命を告げる、その音。
その機械の示す数字は、『0』。
リョウは、またも大切な人を失った。
気付けば、妹が怒りと悲しみの元に握った拳を握っていた。
――――その死は、余りにも唐突だった。
俺は、親に捨てられ、北原学園が運営する孤児院で、中学校まで過ごしていた。
その地点で、ミヅカ以外には誰も……
いや、アヤカを信じていた時期があったな。
あいつを信用しなくなった理由は、『クッキーを食べたと誤解された』
……馬鹿みたいだな。俺らしくない。
――――そんな日々を思い出す度に、ミヅカと過ごした日々を思い出す。
その中で時折、姉貴も出てくる。少しだけ、サユリも出てくる。
だが…………
「……幸せそうな顔だな…………」
「え……?」
「俺には分かる。もしも、こいつが遺言を残すとしたら……」
「うん……」
兄貴の役に立てて嬉しいな…………
…………きっと、そう言うのだろう。




